やっちゃった
一緒に食事をとりましょう
「お邪魔します。臨也さんと鍋やるなんて初めてですね!」
「あはははそうだねっ、そうだよねぇ!」
うすら寒いセリフとともにリビングへ入る。
がさがさと帝人の手元で揺れているのは近くのスーパーで買ってきた鍋の材料だ。
(まさか「鍋やろうよ!」なんてメールが入るなんて考えもしなかった・・・さすが臨也さん。人の想像をはるかに超えてくる・・・)
あんなに気まずい目にあい続けて、そこでさらに気まずい原因になった鍋だ。それを行おうとするその思考、性格、歪みきっていると帝人は酷評する。
もしかしたら臨也にはよくあること(酔ってやっちゃうことが)だから、向こうにとっては別に気まずかったわけじゃないのかもしれない、と少々落ち込む。
あの時のようにザクザクと材料を刻み、鍋の準備を終える。あの時と違ったのはちょろちょろと帝人の周辺をうろついていた臨也が、今回は飲み物の準備で邪魔しなかったことだ。
それは特に気にせず鍋を覗き込んで煮込み具合を確認する。
普段は鍋奉行というわけではないが、準備を任された、しかも料理の腕を短期間で半端なく上げた帝人にとっては勝負時と言える。鬼気迫る表情で鍋チェックをしている姿を見ながら、臨也は内心ちょっとだけショックを受けていた。
(初めてにされてる・・・本気で前回の鍋なかったことにされた・・・・)
あの時は「忘れよう」と意見を一致させたが、ここまでさっぱりと笑って言われると少々へこむ。
(ま、拒否られるよりは全然マシだ。そう思うことにしよう。それに・・・ふふふ、大丈夫だよ、翌日の朝まで完全リプレイしてみせるからね帝人君!)
にやりと目を細める。
帝人がこっちを見ていないのをいいことに、存分にその真剣な顔を眺めることにした。
少し味をチェックすると納得がいったのか、帝人が臨也の器に入れてくれる。「はい」とそれを手渡されて(いい奥さんだなぁ、俺の帝人君は)なんて変態じみたことを考えながら「ありがとう」と答えた。
「いただきまーす!」
「はいどうぞ」
一口含んでは「美味しい!」とほほ笑む臨也に(ほだされるな!僕が特別ってわけじゃないんだぞ!)とマインドコントロールしながらも、やはり嬉しくて顔がゆるんでしまう。
青葉を犠牲にしながらも料理の腕を上げ続けてよかった・・と報われたような気持になる。
また臨也が普段のシニカルな笑みではなく、やたらと素直な感じでニコニコ笑っているのがマジっぽくてより嬉しくなってしまうのだ。
(ダメダメ!あえての鍋だし、本気であのことはなかったことにされてるんだから!これ以上好きになっても僕が苦労するだけだぞ!)
これ以上、なんて考えてしまっている時点でアウトだ。
それでも精一杯顔を引き締めながら「どうも」と小さく返す。
対して良い返事でもないのに、また臨也が嬉しそうに「うん、美味しい」と言うものだから、どんどん顔が赤くなってしまう。
手で煽いで顔が赤いのは鍋が熱いせいだと態度で誤魔化しながら、自分も箸を伸ばす。
「あ、俺はビール飲むけど、帝人君はウーロン茶ね」
「ありがとうございます。臨也さんは酔ったりしないんですか?」
「しないしない。適量ってのがあってね、俺は缶ビールだと5本ぐらいまでオッケーなの。やっぱり鍋にはビールだからね」
(ふふふ実は中身をノンアルコールにすりかえたのさ!そして帝人君のウーロン茶はウーロンハイだ!これで酔ったふりして酔っちゃった帝人君をいただいてやる!!)
「ふふふふ」
(なんだろう・・・前は熱燗だったけど、どうして今回はビール?臨也さんのことだから、前回と全く同じにして僕が動揺するとこを観察するんだと思ってたけど、違うのかもしれない・・)
どことなく不審を覚えて、帝人はウーロン茶には口をつけるだけにして飲まないでおこうと、コップをテーブルへ戻した。
+
それから2人の箸は順調に進んだ。
変に意識さえしなければ普通の友達のように意外と話せるものなのだ。
「美味しいですねぇ。やっぱり冬は鍋ですよね」
「ほんとにねー。はいこれたんとお食べー」
「ちょ、菊菜ばっかり僕の器にいれるのやめてくださいよ!さっきから臨也さん肉食べすぎですー、えいっ!」
「とぉっ!ふふん俺のガードを帝人君がすり抜けれるわけ」
「えいや」
「ちょっと口上述べてる間は敵はじっとしてるのがルールじゃないの」
「僕は敵役の新たな可能性に期待してるんです。っていうか僕が悪役なんですか。どう考えても臨也さんのほうですよ」
「俺が黒い服着てるからって偏見なんじゃないのー」
「この場合外見は全く関係してないです」
なんて会話だった。
2人きりだからこそできる会話だった。ここに他の誰かがいれば「もうやめてくれ無意識バカップルが!」と絶叫することだろう。
和気あいあいと食事をすすめていく中で、臨也はがんがんとビールをあおっている。
帝人がコップが空になるたびにビールを注いでくれるのだ。臨也の脳内ではすでに(俺の奥さんよく気が付く!)なんて評価までされている。ノンアルコールだが気分はすでに酔っ払いだ。
食事の途中で、何度かパタパタとシャツの襟ぐりを広げるようにして煽ぐ。
暑いんですよアピールを少しずつ増やしながら、テーブルにぶつからないように押し倒すには、と計画を確認する。
鍋の残りも少なくなったところで「ご飯も炊けてるし、そろそろ雑炊にしますか?」と帝人が声をかけた。
そうだねぇ、なんて生返事をしながら臨也が立ち上がる。
「じゃあ僕ご飯持ってきますね」
「んー、それよりさぁ、帝人くーん、なんかさ、暑くない?」
帝人の隣に腰をおろして顔を覗き込む。
臨也の秀麗な顔を久しぶりに近くて見て、ぎょっと跳ねるる心臓を慌てて押さえた。
(びっくりした・・!ほんとにこの人の顔って卑怯なぐらいカッコいいなぁ)
内心ドキドキしながらも、つとめて冷静な表情を作って
「そりゃ鍋食べてるんだから暑くもなりますよ。あ、窓開けますか?」
「んーんーそういうんじゃなくてさ・・・ねぇ、」
「臨也さん・・?」
近くにある臨也の目が細く弓なりになる。チェシャ猫のような妖しい笑顔。
食事のせいなのか、帝人の傍にいるせいなのか、少しだけ上気した頬が色気を増している。
そのまま自然に帝人の肩に手が回る。
ぐっと握りしめられた肩から伝わってくる臨也の手の熱に、思わず生唾を飲み込んだ。どういう状況なのかさっぱり理解できないが、それ以上に臨也のこの顔は反則すぎる。
(手、すっごい熱い・・・っていうかうわーーっ、うわー!肩、手が肩!ちょ、何これどういう状況!?)
全然落ち着けていないまま、体を強張らせるしかできない帝人をいいことに、臨也の手が無遠慮に肩を撫でまわす。
首筋を指先でなでて、そのままそっと背中へ滑らせる。一気に腰を掴んでしまいたい気持ちを抑えて、もう一段階顔を近づけた。
帝人がこの顔を嫌ってはいないどころか、何度か「臨也さんは顔いいですからね」と言われたことがある。使えるものはなんだって使うし、それが最初から自分が持っているものならなおさらだ。
予想通り顔を真っ赤にして照れている帝人を近くからガン見する。