【臨帝】SS【詰め合わせ】
【いぬもくわぬ】
「おやすみなさい!」
ばたん!と、勢いよく閉められた扉が音を立てた。
閉じる瞬間、隙間から覗いた臨也はちらりとも視線を向けることはない。
そのことにまた沸々と怒りが湧き上がるのを感じた帝人は、「もう知りませんからね」と一人ごちてゲストルームへと向かった。
その足取りが少し元気を失っていたのは気のせいではないだろう。
***
「…………」
眠れない。
かれこれ布団に入ってから二、三時間経つというのに。帝人は何度目が分からない寝返りを打つ。
(…言い過ぎた、かなあ)
きっかけは覚えてない……というか、思い出せない。理由だって大したことじゃなかった筈だ。
ただ今回はどちらも譲らなかっただけ。
ごろん、はあ。
……ごろん、ごろん、…はあ。
閑かな部屋に溜め息が満ちた頃。
むくりと人影が起き上がる。そろりそろりと布団から這い出た影は、冷えた廊下をひたひたと歩いて見慣れた場所へと辿り着いた。
「……」
一瞬の躊躇い。
けれどひやりと足元を漂う空気に後押しされるかのように、帝人の身体は室内へと踏み出していた。
「…あれ、」
いない。
聞こえぬよう呟いた言葉は宵闇に溶けて霧散する。
普通のそれよりも広いベッドに家主の姿は無かった。敷布を捲り中に潜り込んでも熱は感じられない。
まだ仕事をしているのだろうか。
帝人の脳裏に、去り際の彼のデスク周辺が浮かび上がる。大量の書類に埋め尽くされたそこは帝人が見てもよく分からない言葉で一杯だった。
「つかれてたのかな…」
そう言えばいつになくコーヒーを飲んでいた。それに帝人の問いかけに気付かないことも多かったような。
「…僕の方こそ」
子どもじゃないか。
構ってほしくて、見てほしくて、仕事なんかより君が大事だよなんて、普段跳ねつけてる言葉がほしくて。
触れている布をぎゅうと握り締める。
せめて彼が眠るとき、少しでも温もりが有ればいいと。
そう願って、瞳を閉じた。
***
「…あれ、」
疲れた目に、もこりと膨らんだ羽布団が映る。ふわりと捲ると、
「なんでかなあ…」
臨也の枕を腕に抱いて寝入っている存在に、思わず苦笑が洩れた。
風を起こさないよう隣に滑り込む。あまいミルクのような香りが鼻腔をくすぐり、触れた先から冷えた身体に温もりが移る。
「ん…」
目元にひとしずく、残された哀しみを唇で拭う。
「起きたらなんて言おうかな」
ふ、と切れ長の瞳を細めて、同じ夢を見るべく息を吐き出した。
作品名:【臨帝】SS【詰め合わせ】 作家名:志保