踊る、ぬいぐるみ戦線
「兄さま! 良かったです、まだ居ました! 」
先客がいたので時間を潰していたのだが、何とか間に合ったようだ。
意中の機体に駆け寄り、ぴったりと額をくっつける妹の仕草が可愛らしくて、スイスは思わず口元が緩みそうになる。
―先刻、鞄を置いて再びこちらへ向かう途中も
リヒテンシュタインはひどく浮かれた様子でそわそわと落ち着きがなかった。スイスの申し出を聞いた際などそれはそれは大層な喜び様で、逆にこちらが目のやり場に困り居た堪れなくなるほどであった。
「ゴホン― で、どれが欲しいのであるか? 」
不自然な咳払いで平然を装う兄を知ってか知らずか、リヒテンシュタインは神妙な面持ちで あの子です、と指を差す。
その指の先にあるのはよく見かける、黄色いクマのキャラクターのぬいぐるみ。ただひとつ、違うのはフードの付いた、白い上着を羽織っていること。
特に可愛らしいという風には見えなかったスイスだが、この妹の頼みならばそんなことは関係ない。
「あれだな、分かった。少しばかり待っておれ」
「はいっ、兄さま」
傍らから注がれる尊敬と期待に満ちた視線を受けつつ、スイスは
硬貨を投入する・・・・・・実はこういった機械に自ら触れるのは初めてだったのだが(動かし方なら何となく心得てはいる)、妹の手前下手なことはできない。また、そうする気も一切なかった。
初めてだろうがなんだろうが、リヒテンシュタインが望むことならば。
―ぬいぐるみを凝視するスイスの目がやおら、鋭い光を放つ。
その物体は既に、彼の中では戦場に放り出された哀れな『目標』であり、また軍用スコープの奥に映し出されるそれだった。
こうなっては万物において、彼の手から逃れられるものなどない。
作品名:踊る、ぬいぐるみ戦線 作家名:イヒ