踊る、ぬいぐるみ戦線
「・・・・・・あの“射的もどき”とは、まったく格が違うのである・・・・・・」
思わずそう独りごちた時には、用意していた硬貨はもう手元に残ってはいなかった― 先程、両替してきたばかりだというのに。
火花の散るような激しい攻防(?)の末、長期戦を悟ったスイスはリヒテンシュタインを自宅に送り届けたのち
目にも止まらぬ速さでゲームセンターへ戻り、再戦を開始した。それから更に数時間・・・・・・
ついには明々と月の見える時刻になっても、目当てのぬいぐるみが取れることはなかったのだった。
深く息をつき、プラスチックの壁に頭突きするかの如く、
ゴツンと頭を凭れる・・・・・・ そろそろ視界のぬいぐるみ達の顔が全員、妹のそれに見えてくるような気さえしてくる。
複雑怪奇なこの現象は、スイス固有の禁断症状と見て間違いない。
彼にとって就寝時以外でこんなにも長い時間、リヒテンシュタインの顔を見ないことは本当に稀だった(在校時でさえ、休み時間には必ずと言っていいほど顔を見に行くのだ)。
リヒテンはきちんと夕食をとっているだろうか、身体を冷やして風邪などひいてはいないだろうか などというお決まりの憶測がスイスの脳内を掠め始めた頃。
実は先刻から、息を潜めて彼を遠巻きに見つめるギャラリーが凄まじいことになっていた。
「あいやぁ、さっきの射的に比べたらあんなの楽勝のハズある、あいつおかしいある! 」
「ちょっ、声が大きいですよ中国さん!(小声) しかしあのスイスさんがぬいぐるみに夢中とは・・・・・・」
「そういう日本さんもフラッシュ、マジたき過ぎ的な? 」
「フラッシュの起源は俺なんだぜ! 」
「もー皆していつまで見てんのよ、夕飯遅くなっちゃうじゃない・・・・・・」
―他にも『鞄を提げたまま』の生徒たちがほぼ全員、店内の機体や路上の看板などの陰に隠れ固唾を呑んで、あるいは好奇の眼差しでこの風紀委員長の死闘を見守っていたのである。
・・・・・・普段では有り得ないその異常な事態から、ゲームセンターの店長は後にその日を
「世界最後の日かと思った」と語ったという。
作品名:踊る、ぬいぐるみ戦線 作家名:イヒ