静かなる…
いきなり兄と引きはがされる形になったドイツは状況が飲み込めていないようで、イタリアの背中を宥めるように撫でながらプロイセンを見上げる。が、プロイセンは「イタリアちゃーん」と嘆いてるだけだった。
「……」
なんだ、この状況。
そして、プロイセンの横に立つ男達に気が付き、ドイツは少々意外そうな顔をする。
「フランス…と、スペイン」
「ハァイ。いきなりだったねぇ。お兄さんもびっくりだったよ」
「ほんま、やるときは何でも派手やなぁ、おたくら。嫌いやないけどな」
フランスは座り込んだままのドイツに手を差し伸べ、立ち上がらせる。ドイツはイタリアを張り付かせたまま何とか立ち上がった。
それを見たフランスが、さすがに形の良い眉を僅かに顰めてみせた。
「イタリア、ちょっと離れてなさい」
「ヤダ。ドイツってば、ここんとこずっと忙しくてやっと久しぶりに会えたんだよ! もうちょっとハグしたい」
「まともな話も出来ないでしょうが!」
「ヤダってば」
「俺を挟んで喧嘩せんでくれ」
そう言って、ドイツはイタリアを引きはがし地上に降ろしてやる。
「ヴェー、ドイツはいじわるだー」
「あー、もう。お前達はいきなり来て何なんだ」
「ドイツが心配で来たに決まってるじゃんか!」
「…あ? 心配…? そ、そうなのか…。心配、なのか、これは…」
心配してもらうことに未だ慣れないらしいドイツは戸惑ったように呟き、イタリアは哀れみに近い眼差しを向けてしまう。
「ドイツって苦労性だよね…」
「一番の原因は黙ってなさい!」
言う端からフランスに頭を叩かれた。
「ひどいよ、兄ちゃん!」
「イタリアちゃんを殴るとは、許せねぇな」
プロイセンが後ろから抱き付いてきたが、今度はイタリアは拒絶しなかった。
「プロイセンも、本当に元気そうで良かった。俺、ずっと心配してたんだよ」
「ありがとな、イタリアちゃん」
そう言ってイタリアの髪の毛にもふもふと頬を擦り付けている。
と、そこを今度は更に後ろから引き剥がされた。
「うおっ」
「よう。ほんまにお前さんはしぶといやっちゃなぁ」
振り返れば、スペインがプロイセンの襟首を持ってイタリアから引き剥がしてくれていた。
「何しやがる。俺様の幸せを邪魔するとは許せねぇな」
「お前ばっかイタちゃんにベタベタすんなや」
「お前はいつでも出来るだろうが! 俺様はまたしばらく会えないんだぞ。ちょっとくらい幸せに浸らせろ」
「え? プロイセン、またどっかに行っちゃうの? 何で? だって、これで二人は元通りじゃ…?」
「イタリア…」
フランスがそっとイタリアを静止する。
「兄ちゃん、どういうこと?」
「国境が排除されて、東西ドイツの行き来は自由化されたけど、まだ再統一された訳じゃないんだよ。まだ、二つのドイツは別々の国として存在しているんだ。再統一させるために、これから動いていくことになるんだよ」
「ヴェー。なにそれ!? 何でそんなめんどくさいの!?」
「それが国ってものなの」
「俺、そういうの、やっぱりよく分からないよ…。何でだよ…」
「なんでお前が泣きそうな顔をしているんだ。これは俺たちの問題であって……ぐあっ」
言いかけたドイツを黙らせたのはフランスとプロイセンだった。
「空気は読めるのに、なんで人の機微には疎いんだろうね、この子は」
「ヴェスト、イタリアちゃんの優しさはきちんと受け取っておけよ」
いきなりの子供扱いに、ドイツは唖然としたまま動けなくなっていた。
それでも、遅かったようで、イタリアが大粒の涙を零してドイツに殴りかかってきた。
「ドイツはバカだよ! なんで心配してくれるみんなの気持ちが分かんないのさ!」
ぽかぽかと殴られても痛くもないので、ドイツはされるがままだ。
困ったように、周囲を見回すが、誰も助けてくれそうになかった。自業自得らしい、これは。
「あー、その、イタリア。すまなかった。本当に心配してくれていたんだな」
「そうだよー」
ヴェー!と大泣きを始めるイタリアとそれを受け止めるドイツ。取り残されたようにプロイセンたち三人は間抜けな感じで突っ立っていた。
「なんやの、この疎外感…」
スペインがそうぼやいたとき、群衆を掻き分けて「プロイセンさん!」という呼び声が響いた。
小柄な人影が、必死にこちら側に向かって走って来る。
黒髪で和服を着た男だった。
「日本か!?」
「うわぉ。なんで日本がおんねん!? 時差っちゅうもん知っとるん?」
「あらま、日本まで来ちゃったんだねぇ」
群衆にもみくちゃにされてすっかり乱れた和服を整えながら、日本はぜぇぜぇと肩で息をしていた。
「なんで、ドイツさんのとこの人は、こうも、皆さん、大きいのですか…。窒息するかと思いましたよ…」
「お前、いきなりどうした? 何があった!?」
日本の姿に驚いたプロイセンは、日本の細い肩に手を置いて軽く身を屈めて問い質すように聞いた。
「何があった、じゃないですよ! このスットコドッコイ!」
「ぐはぁぁ」
いきなり日本から強烈なボディブローを打ち込まれ、プロイセンは悶絶する。
「体小せぇくせに、お前のパンチ…重すぎ…」
体を折り曲げ、苦悶するプロイセンの襟元を日本は掴み上げる。
「ちょっと、日本!?」
日本とは思えない荒っぽい仕草に、フランスが驚きの声を上げていた。
「もう、悲しみと驚きが大きすぎて、怒り倍増ですよ!」
「意味分かんねぇー!」
襟元を掴まれたままのプロイセンが悲鳴に似た声を上げる。
「日本、どうしたの?」
「落ち着け、日本。とりあえず、兄貴を離してやってくれないか?」
イタリアとドイツまで日本を取り囲み始める。
それでも、日本は掴んだプロイセンの襟元を離そうとはしなかった。
「ずっと…、ずっと心配していたんですよ。あなたは、外交の仕事に顔を出してくれないから、私はあなたの安否を自分の目で確かめるなんてことが出来ないままで…。イタリア君から、プロイセンさんは元気だと聞かされてたいましたが、それでも、不安で…」
「あー…、悪かった、な。心配させたみたいでよ」
「心配なんてものじゃないですよ…!」
泣き崩れそうな勢いで、日本はプロイセンにしがみつく。
「……お前、本当にどうしたよ」
「戦後、あなたの名前も存在もが歴史の闇に葬られて。あなたと出会い、あなたから学んだことすらも全て間違いだったと、そう決めつけられ。全てが無かったことにされて…! 私はあなたから多くのもを学んだのに…! それを全て否定されて…! こんな悲しいことがありますか…!」
ずるずると力なく膝を折る日本を、プロイセンの腕が支える。
「ニュースで、ベルリンの壁の前での騒動を目にして、居ても立ってもいられなくなって、文字通り、飛んできてしまったんですよ…! そしたら、なんか、壁が壊されてるし! 何で壁壊してるんですか!? 何が起きたのかも、さっぱり分からないし…!」
日本は、ゆらりと立ち上がると、プロイセンの腕を掴んだ。そのまま、何故か背負い投げに切り替えた。
「!?」
「ちょっとぉぉぉ! 日本、なにやってんの!?」
悲鳴を上げてくれたのは、フランスだけだった。