ナーバス
アキラがこの男に斬りかかったらどうなるだろう。アキラはそれをシミュレートするが、その先が想像がつかない。シキとの手合わせで目に焼きついた動きで、シキの動きは想像できるのに。
これは、これが恐怖?
――だけど、ならば胸が締め付けられるようなこの憧憬の正体はなんだ?
ぐるぐると渦巻く感情と、鳴り響く頭痛にアキラが思考を放棄しかけたとき、気配が近づいてきた。隠しようのない殺気。殺意をたぎらせて、それをただ相手にぶつけようという感情。この殺気を、アキラは知っている。
耳に聞き慣れたブーツの音が届くかとどかないかという直前、不意にアキラは思った。
「アンタが……Nicole Premierなのか?」
喉がからからと渇く。何故か、そう思った。自分と相反する血を持つという最強の生体戦闘兵器。
男の瞳の色が、薄い青から紫に変わる。
男が、アキラに手を差し伸べる。この手を、取るべきなのか否か。
「―――ッ!」
アキラは、その手を叩き落した。
Nicole Premierが誰であろうと関係ない。
男を睨みつける。しかし、男の目に浮かんでいるのは……諦念だった。靴音が大きく響く。
迷わず、アキラは斬りかかった。焦がれて焦がれて止まない、黒尽くめの男へ。
キィン、と硬質の金属音が響く。聞き慣れた音。アキラにとってはもはや高揚と陶酔を導く音。
「……貴様か」
シキもPremierもこうなったら自分の敵だ。
けれどシキは――アキラの相手をそれ以上しようとせず、Premierに斬りかかった。
ギリ、とアキラは歯噛みする。
アンタにとっては、俺は敵じゃないってことか。
そんな屈辱がこみ上げる。
シキの刃を、無気力な男がゆらりと動いたと思うと実に無駄のない動きでかわす。
シキは、徹底的に男を殺そうとしているのに対して、男はただ攻撃をよけるばかり。
不意に――アキラは、悔しくなった。シキと、命のやり取りをやりあえる、対の血を持つ相手に対して。
Nicoleという呪われた血。
……ならば、それを断とうと思って何が悪い?
無邪気な考えが、アキラの中をよぎった。そう思った時にはPremierを斬りつけていた。
上段から、シキが斬りかかる。
かわした男の脚に、アキラは刃を薙ぎ払う。男は、トンと手をついてひらりと翻った。浅い。