イトシゴよ
「……大したものよな、ぬしの忠心も」
素顔をすっかり曝け出されたうえでは、もはや抵抗すら馬鹿らしい。代わりに大谷は嘲笑いながらねぶる口調で言う。どうせこの男にはわかるまいと思いながら、心の底から眼の前の男を蔑む。
「太閤のためならばどれほどの穢れに手を浸すことも厭わぬか」
だが三成の反応は先程までと変わらなかった。当然だと返すわけでもなければ、怒り出すわけでもない。
何を言っているのだ、という鬱陶しそうな顔だ。
それを見て、大谷の胸のうちがかすかにざわめいた。大谷はようやく気付いた。
この男は、嫌悪と恐怖を忠心で塗り潰しているわけではない。本気で、まるで躊躇っていないだけなのだ。
「……ぬしは、いまの我をどう見やる?」
まさかと思いながら問いかければ、わずかに思案するような色を浮かべた眼をしたあとで、三成はやはり何の含みもなく言った。
「このほうが、声が聞き取りやすい」
戦場では巻く布を薄くしたらどうだ。指令も出しやすいだろう。三成はそんな他愛もないことを言った。
あえて容貌に関する言及を避けているのではない。
病に冒された、普通の人間ならば顔を背けるであろう大谷の顔を見て、厭わしさも恐れも驚愕も、この男は本当に何も思いつくことすらないのだと大谷は知った。
その瞬間、大谷の背筋を這いあがったのは―――滅多にない、極上の、甘美な哀れみであった。
カワイソウに。
美しきものを美しいとせず、悪しきものを悪とせず、善きものを善しとせず、醜きものを醜いとせず。
周囲のすべてに等しく無関心のまま、至高の存在をのみ視界に捉える男。
人の心の本来持つべき歓びも苦しみも知らず、他者とのあらゆる同調を成し得ぬままに、ただ一人で修羅の道を往くであろう男だ。
ぬしは異端よ。才に恵まれ色に恵まれながら、とうてい人には混じれぬ異端のものよ。―――カワイソウよな。
大谷は初めて、この男のことを好ましく思った。
見方を変えればこれほど興味深い男もいまい。大谷はその一件以来、三成の華々しい不幸を見つめることにひそやかな喜びを覚えるようになった。三成は元より他者の己への対応に変化があろうと気にもしない。そして近寄ればその分だけ、大谷にとっては愉快な事態が起こる。
「刑部」
「なんだ、三な」
呼びかけられて振り向いた途端に、ぐいと口元の布を下へ引っ張られた。
「このほうが良い」
「……そうであったな」
ヒヒ、と笑う。前振りも何もなく触れられようと、激昂を覚えることはなくなった。それにより周囲が戦慄する様を見る方がよほど面白い。
そうやって大谷に触れる姿を遠巻きに、恐ろしげに見られてすら、三成は無反応である。大谷はまた、それを見てああユカイだと哂うのだ。