サイハテ
「違うリミッターをはずしちまうようになったんだろうな。最近、物忘れがひどくなってたりはしないか? 何かのやり方を忘れるだけじゃなくて、その概念そのものがそっくり忘れちまってるってことは?」
Nicoleが脳に作用するのだから、キャリアの末路は何らかの脳神経系の症状に似るだろうことは予測がつく。
脳から体が壊れていく。他の部分からではなく、脳から。そしてその末路は――
「……」
静かにアキラが吐息をつく。
そんな『アキラ』がたぶん、少しずつ少しずつ失われていく。
「……治る、のか?」
しかし、Nicoleは未知のウィルスだ。非Nicoleならば、猶更。そんなものが人間に御せるのかどうかなんて、宿主たる本人が一番感じているかもしれない。それでもきっと、問いかけずにはいられなかった。
「身の安全は、保証できる」
だから、答えられなかった。
「俺の体は、結局モルモットになるってことだろ?」
非Nicoleの研究を行わせること。おそらくは、それが対価だ。
「悪い場所では、ないんだ。……多分、病状の進行を遅める程度のことは、できるとおもう。それに……」
同時に、アキラの血はすでに不知の病のひとつに数えられ始めていたライン中毒の特効薬になる可能性があった。
見つけたその病院は――ラインの中毒患者の収容施設も兼ねていた。
「なぁ、お前さん覚えているか?」
プルミエを憎いと思う気持ちは、正直もうない。だけど、代わりにそんなものを生み出してしまったこの研究自体をやはり終わらせたいという思いがある。同時に、穏やかな幸せをアキラに味わわせてやりたいとも思う。
結局そんなことを迷っているうちに、目に見えてアキラが不調を訴えるところまで来てしまった。
「……それに、景色のいい、ところなんだ」
その病院は、海の見える小高い丘の上にあった。
「いつだったか、取材で近くに来たな。ニホンの中なのに、海の色がきれいに見えるところだって」
何本か血を抜かれ、いくつかの機械を通され、そのままアキラは無理やり入院させられた。
「覚えてる。俺の瞳の色に似てるとか、クサいこと言われた」
数か月そこで過ごして得られた結論は……
現段階では、アキラの体を治す術など見当たらない、ということだけだった。