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Dog_Fight

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あんたの危険が少しでも減るんなら、安いもんよ。」
チケットを握り締めるターニャの目が真剣なので、リュウはもう、何も言えなくなった。
正しいことではなかった。
だが、皆なんとしてでも、リュウにかかる負担を減らしたかったのだ。
「…ひどいレンジャー・チームだね。俺が勝ったら、どうする気なんだ。」
「そのときは、私たちの大勝ちよ、パーティしましょ!」
リュウは、ターニャがその名前をほのめかしたファーストのことを思い出した。
確か、あのとき、ボッシュと任務へ向かう前に、廊下でぶつかったファーストが、そんな名前ではなかっただろうか。
(8192…?)
IDの数字を口にしていたのを、リュウは、鮮明に思い出した。
こうして表向きは何事もなく、その日の任務が終わった。
明日は新入りに与えられた数少ない休日だから、普段なら、今夜は皆で遊びに行こうと盛り上がっているはずだった。
ひとりロッカールームへ向かったリュウは、自分専用のロッカーを開け、例の選別を投げ込もうとして、その中に丸めた紙きれがあるのに気がついた。
見覚えのある字で、スポーテッドと呼ばれたあのファーストの身体データと戦闘データが、書き連ねてある。
(…ほんとに、情報屋向きかもね…。)
リュウは、微笑んで、その紙切れを、後ろのポケットにつっこんだ。
そして、息を整え、ロッカーの奥にある、使い込んだ練習用の剣へと手を伸ばした

3.

週末の夜0時を過ぎた頃、みたび、リュウは、この練習場に、足を踏み入れた。
週末の夜中、普段なら(政府が雨でも降らせない限り)非番のレンジャー連中でにぎわっている下層街の屋台通りも、今日ばかりはすいていて、店の者は首をかしげたかもしれない。
リュウが足を向けたとき、いつ来ても、さびれていたこの場所が、今夜だけは熱気に包まれていた。
リュウを応援してくれる新入りのサードたちは勿論、上にはファーストがいて、なかなか上に上がれないセカンドの連中や、見世物気分で指笛を鳴らすファーストの幾人かが、練習場をぐるりと取り囲むにわか作りのギャラリーに参加している。
――サードがファーストに私闘を挑むらしい――、
そんな噂を聞きつけて、数十人のレンジャーが集まっていたが、その多くは、ひまつぶしやただの野次馬なのだろう、とリュウは思った。
幸いなことに、彼らは、ただの観客で、敵ではない。
リュウを潰そうとしている敵は、ただひとり。
ファースト相手に勝てるなどとは、リュウだってゆめゆめ思ってはいないが、念願のレンジャーになってまだ3か月、手足を失って、レンジャーを廃業するようなことだけは避けたい。
いくら相手がそう望もうとも、おめおめと自分のレンジャー生命を譲る気は、リュウにはなかった。
「”ドッグ・ファイト”は、完全に一対一の勝負だ。仲間の援護はないと思え。
剣は刃をつぶしてあるが、油断をすると痛い目を見るぞ。
どちらかがぶっ倒れるか、降参すれば、終了だ。
剣を捨て、両手を挙げて、地面に膝をつけるのが、降参の合図だ、覚えとけ。」
スポーテッドと呼ばれた背の高いファーストは、ここで、いったん言葉を切り、
まるで、市場で売られているディクを品定めするように、頭を引き、にやにやとリュウを見た。
「…それから、今回はローディのために、特別ルールを設けてやった。」
「……。」
「30分の時間制限を設けてやる。30分逃げ回れば、お前の勝ちだぞ。」
いくら小さい町を模した練習場でも、たかだか数百メートル四方の空間を逃げ回れば、たちまち軽蔑をこめた失笑と、怒号を含んだ野次が飛び交うことだろう。
リュウは、無言のまま、肩をすくめる。
「ギャラリーもいることだし、せいぜい、がんばるんだな。
ま、お前じゃ、5分もつか、もたないかだろうが。」
「…努力します。」
リュウは、ぱしん、と、かかとを鳴らして敬礼し、そのままくるりとスポーテッドに背を向けた。
「なんだ、その態度は、8192、」 笑顔を消したスポーテッドは、リュウの後ろから、顔を近づけて声を荒げた。
「…後悔させてやるからな。お前の相棒もだ。覚えとけ。
――今夜はおもしろい見ものになるぞ。」
そうして、スポーテッドは身を離し、リュウの立つ練習場入り口とは、反対のサイドへと歩み去った。
リュウは、練習場にひしめくギャラリーから背を向ける形で、入り口の壁際に向かった。
手にした練習用の剣を、地面に突き刺し、片膝をついて、髪を縛りなおす。
誰が決めたか知らないが、この場所で戦うことになったのは、リュウにとっては、幸いだったけれど。
下を向き、手を頭の後ろに回して、髪を高く結い上げる間も、リュウは目を閉じていた。
どくん、どくん。
こめかみが鳴る音がする。
(お前は、もっと強くなりたい、
誰よりも強くなりたい、と思ってる、だろ?)
ふと、ボッシュの声が、リュウの耳元に蘇る。
夜風に揺らされる金の髪が、目に浮かんだ。
どくん。
リュウの心の中の声が、そのとき、それに応えた。
(そう…。俺は、)
あれほど、わきあがっていたギャラリーの雑音が、突然、リュウの中からかき消える。
(だれにも、負けない強さを、ほしい、と、そう…思った。)
リュウの内側から、しん、とした静寂がやってきた。
(その力で、仲間を、ボッシュを…守りたいから。)
こころを乱さない、不可思議な熱さが、体の奥底から立ち上り、全身をめぐり指先にまで届くのを、リュウは感じた。
静かな、炎のような、力が、体の内側をすみずみまで照らしていた。
…そうだ。
強さは、自分の内側に、あるんだ。
(リュウ、己を知るのだな。)
夜中の訓練で、ゼノのつぶやいた言葉が、リュウの体内を駆け巡る。
自分を知れば、自分の中にある力を知れば、
おのずから、強さを知ることになる、と。
ゼノの言った意味が、ようやく、リュウにもわかった。
打ち負かされて、倒れても、
でも、俺はもう、自分に負けることもないんだ。
動悸が、やんだ。
やがて、目を開き、息を吐いたリュウは、剣を手にとって、振り返る。
ゆっくりと競技場と化した練習場の中央へと歩き出すと、
激しいシャワーのように、人々の歓声が高まって、リュウを包んだ。
さっきまで暗く半分に落とされていた、ライトが、天井から、地面から、強く白い光で、リュウを迎えた。
どくん。
けれど、なぜか、ふたたび、リュウの胸が、一度だけ、高く鳴った。
競技場は、狂ったように、沸き返る。
リュウのいた入り口とは反対側の競技場の端に、リュウの対戦相手が、姿を現した。
背後からの強いライトに照らされて、虹色の光と、くっきりとした残像が、リュウの眼に焼きつけられる。
残像の影の中に、ねめつけるような、青い瞳と、金の髪が、見えた。
強い意志に固められた表情を縁取る金の髪は、、強すぎる光に焼かれた金属のように、無機質に白く輝いていた。




いつも同じ方向に向かって、歩いていたはずの相棒が、いま、にわか仕立ての闘技場と化した、この場所の反対側から歩いてくるのを見て、リュウは、呆然とした。
手には、いつものレイピアのかわりに、リュウがいま持っているのと同じ、ごつごつした練習用の剣をぶら下げている。
作品名:Dog_Fight 作家名:十 夜