二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

回帰

INDEX|3ページ/4ページ|

次のページ前のページ
 

 赤月帝国やハイランド王国の軍師を務めた彼らの祖父は、勝利のためなら我が子でも切り捨てられる非情な男だ。
 孫であるアルベルトやシーザーも、レオンの恐ろしさは幼い頃から十分思い知らされてきている。盤上ゲームひとつでも、レオンに負ければ過去の戦略本すべて読むまで書庫に閉じ込められたし、レオンに勝っても(それはレオンがかなりのハンデを負っての場合に限ったが)、一週間ほどネチネチと言葉による小さなイジメを受けた。つまり、わりと大人げなかった。
 アルベルトはシーザーより7年早く生まれた分、レオンからのそういった厳しい教育はシーザーよりも受けてきているはずだが、なぜか昔から妙にあの祖父には逆らってみせたがった。今も、レオンの部屋から持ち出してきたというスコッチの瓶を手に、傲岸に眉をひそめている。レオンもまた、アルベルトのそういうところを気に入ってるらしかった。
「現役をしりぞいた老いぼれに策で負けるようなら軍師として価値なしだ。時代はつねに動き軍備も兵器も発達しつづけている。いまなら奴の知らない戦略も立てられる」
「自分のじいちゃんと喧嘩するのに兵器とか戦略とか持ち出すなよ…」
 だがこれがこの家での日常だった。今更だというようにアルベルトも不遜な笑みを浮かべる。これと似てるといわれたんだから、シーザーの複雑な心境ははかりしれない。
 再び手にした本に目を落とすアルベルトを見ながら、シーザーは窓枠に腰かけた。
 見れば見るほど、最後に会った2年前とまったく変わっていない。この兄は、シーザーが生まれたときには、すでにこうゆう生き物だった。身長は伸び体は成長しても、体力勝負は昔からからっきしだったし、走るという動作をまるで知らないというような所作だ。
 この男には、頭脳とそれを使役する精神力さえあれば、事足りるのだ。
 目の前の丘の上に林檎の木がある。そこに生った林檎が欲しければ、シーザーなら自分で走っていって木によじ登ってもぎ取るが、この男はそんなことはしない。最適な人材を選出し、最適な装備を施し、最適なルートで丘をのぼるよう命じ、林檎を取ってこさせる。それができる男だ。
 怠惰や、傲慢ではなく、それこそがこのアルベルトという男の才能なのだ。
(俺は、やっぱりこうはなれねぇよ…)
 簡単にいえば素質のちがいだと思う。優劣の問題ではなく、状況と局面によって、アルベルトの才能とシーザーの才能は優勢にもなるし劣勢にもなる。
 だからこの男に追いつこうとか、越えようとか、そんな風に考えるのは無駄だ。アルベルトと比較しシーザーには足りないものがあるように、アルベルトにはないものが、シーザーには確かに備わっているのだから。
(そうは、いってもなぁ)
 他人ならばそれで割り切れただろうが、シーザーにとっては、生まれた瞬間から目の前にこの男の背中があって、ずっとその後ろを歩いてきたのだ。本当に、邪魔で、しかなかったけど、その背中は最低にして最高の標的でもあった。シーザーは生まれながらに、これ以上ない目標を得ていたのだから。
 それはシーザーにとって幸運でもあったし同時に不幸でもあった。たとえばシーザーに一切の軍師としての才能がなければ、この男は、シーザーにとって最高の自慢の兄であっただろう。(いや、どうだろう、それはそれでムカついてたかもしれない。)
 シーザーもまた、シルバーバーグの名を冠するに値する才能をもって生まれた。それが最大の不幸だったのかもしれない。
(でも今更、俺はこの才能を捨てられない。俺は俺の才能で、勝てる戦や救えるひとたちを、知ってしまったから)


 その時、唐突に、シーザーとアルベルトの間をわかつように、床に光の帯が出現した。
「!これは…」
 思わずシーザーは後ずさった。だが円陣に放たれる光の向こうで、アルベルトは平静そのものだ。
 光の文様をえがく床から、ぬるりと人の頭が顔を出す。黒い帽子、輝く金髪、神父に似た黒服、それはたしかに人の形をしていたが、開かれた両目は赤と銀の邪眼だ。その艶かしいまでの美しさは、たしかに『それ』が人外のものであることを証明していた。
 シーザーが凝視する前で、人外の男は本を手にしたままのアルベルトの方に向き直った。
「時間だ。行くぞ」
「ああ、少し待ってくれ」
「まだ探し物をしてるのか。トロいな」
「すぐ終わる。暇ならそこにいるのに相手してもらえ」
 突然矛先を向けられて、シーザーは悲鳴をあげそうになった。しかしそれより早く、人外がくるりと顔を回し、その恐ろしい両目をシーザーに向けてくる。
 まさにシーザーは蛇に睨まれた蛙のごとく固まったが、人外は、無言でシーザーの全身をじろじろと眺め、それから、なんの予備動作もなく一振りの剣をシーザーに向け突き出してきた。
「うわああッ!?」
 とっさに横跳びに飛んで、本棚におもいきりぶつかりながらも、シーザーは人外の剣を回避する。ひと呼吸遅れて窓枠が下半分ゴトリと落ちた。
「ほう……見たところ赤毛の血縁のようだが、少しはまともに動けるらしいな」
「弟だ。あまりいじめるなよ、ユーバー」
「ああ、そういえばいつかの戦場で見たか……貴様も軍師だな?俺を楽しませてくれるのか?」
「ば、馬鹿いってんなよっ!!俺はアルベルトとはちがって一般的な神経の持ち主なんだよ、おまえみたいなのと付き合ってられるか!」
「なるほど、身の程知らずな物言いはよく似ている」
 人外は愉快そうに唇を歪め、シーザーを見下ろしてきた。肩越しに見えるアルベルトは、こっちに目もくれず書架に並ぶ本に指をすべらせている。なんてやつだ!実の弟が人外に襲われてるというのに、助けもしないとは。
「鬼!非道!悪魔!冷血漢!!!」
「褒め言葉にしか聞こえん」
「おもしろい小僧じゃないか。アルベルト、こいつも連れていくというのはどうだ」
 おそろしい言葉が聞こえた。人外はすこぶる楽しそうにアルベルトに向け提案してみせるが、どこに連れてく気なのかわからなくてもそれが天国みたいなイイところじゃないことぐらい、聡明なシーザーにはわかりすぎるほどわかっていた。逆の意味で天国に近いかもしれない。
 だがアルベルトは唐突に、持っていた本を人外に向けて投げつけた。人外は片手の剣をシーザーに突きつけたまま、空いた片手で本をなんなく受け止めた。
「なんのマネだ」
「持っていろ。探してた本だ」
「かわいい弟を連れていくのはさすがに嫌か。存外、生ぬるいところもあるじゃないか」
「連れていっても活用できる場がないだけの話だ。シーザーにはシーザーの活かされる場所がある。それは俺のそばじゃない」
 シーザーは、ハッと顔を上げた。人外の肩越しに見える兄を、まっすぐに見据える。
 アルベルトは人外を見ていた。だがたぶん同時にシーザーのことも見ている。
 シーザーはずっと、アルベルトの視界に俺なんか映っちゃいないと思っていたし、実際に今もそうだと思う。だけど同時に、アルベルトに追いついて同じものを見れるのは自分だけだとも、思っていた。この男は天才だ。天才で、異端で、それがゆえに孤高だ。アルベルトのまわりには誰ひとり、いないのだ。同じ場所に立ってやれるのは俺だけだ。そんな傲慢さが、シーザーにはあった。
作品名:回帰 作家名:べいた