珈琲
滝は、綺麗だ。
男に綺麗なんて表現、可笑しい気がする。でも滝には一番ぴったりくる言葉だ。
美しく切り揃えられた髪は、いつも手入れが行き届いていて、乱れているところなんて見たことない。切れ長の目は透き通っていて、じっと見つめられると不覚にもどきりとしてしまう。声だって決して高くない、低い男のそれなのに、何故か耳に心地良く響き、人を安心させる。
そして何より、滝は大人びていた。
率先して人の上に立つタイプではなかったが、周りによく気を使い、陰でそっとサポートするのが得意だった。困っている時、いつも的確なアドバイスをくれるのは滝である。
後輩からの人望も高く、悩みを聞いている場面も何回か見たことがある。決して目立ちはしないがテニス部にとって必要な存在、それが滝萩之介だった。
日吉と滝が付き合い始めたのは、いつからだっただろう。あんまり覚えていない。ただ、一度だけ二人並んで学校から帰っているところを見たことがある。
あの二人付き合っとるんやって、とその時侑士が言っていて、そうだったのかお似合いだなと思っただけだった。
別れたのはいつだっただろう。それも覚えていない、というか知らない。いつの間にか日吉は滝の隣からいなくなっていて、今は俺の隣にいる。
滝と日吉は、俺から見てもお似合いの二人だった。
美形同士というのもあるけど、何というか、雰囲気が似ているのだ。
静かで、落ち着いてて、優しくて。
二人だけの世界が、そこにはあった。
そして俺はずっと、ずっとずっと、それが羨ましかったんだ。
滝にあって、俺にないもの。
いっぱい、いっぱい、ある。
日吉はどうして滝と別れたんだろう。どうして俺と今付き合っているんだろう。
考えたことなかった。ううん、違う。本当はずっと、心のどこかで思っていたんだ。ただ俺は、恐かった。恐くて、気持ちに蓋をしていただけ。
滝。
俺、日吉の隣にいて良いのかな。
校舎を出ると、一気に寒さが襲ってくる。ポケットの中に手を突っ込んでやり過ごすが、やっぱり寒い。明日からは手袋をしよう。
小さく決意したところで、校門の前で不機嫌な顔をして立っている日吉が目に入った。
「…遅いですよ」
「わりぃわりぃ。教室にまだ残ってる奴いてよ、つい喋っちゃって」
「あんたはもう…」
憎まれ口を叩いているがこの寒い中、わざわざ俺を待っててくれたのだ。何だかんだ言って、日吉は俺に甘い。
「お詫びに何か奢ってやるよ」
「何で上から目線なんですか」
そういえば、日吉が俺に甘えることってないな。いつも俺が、日吉を振り回している気がする。
滝だったら、きっとそんなことないんだろう。お互いがお互いをちゃんと気遣って、滝は年上らしく日吉の悩みなんか聞いたりしたりなんかして。勉強も教えたりするのかも。俺なんてこないだ、日吉に数学を教わってしまった。日吉はかなり成績が良いらしい。テニス部の中じゃトップなんじゃないかなあと、鳳がのんびりと言っていた気がする。
…なんてことをうだうだと考えていると、不意に日吉が言った。
「それにしても、この時期に教室に残ってるってことは勉強ですか?熱心ですね、その人」
「え?」
「いや、だからさっき向日さんが言ってた人。その人と喋って遅くなったんでしょ?」
日吉の口から、滝の話が出てきた。
いや違う。日吉はこれが滝の話だってこと知らないんだから、仕方ない。仕方ないって、何が仕方ないんだ?
「…うん。偉いよなー」
「そうですね」
そして日吉は、
「向日さんも見習ったらどうですか?」
と、笑った。
その笑顔が、綺麗で、本当に綺麗だったから、俺は何にも言えなくなってしまった。
なあ、日吉。
お前、俺のことどう思ってる?
見た目も中身も餓鬼っぽくて、小さいことにムキになって、そんな俺をどう思う?
俺、きっと滝みたいになれないよ。ああいう風になりたいけど、頑張ろうって思うけど、きっとなれない。
なのに、それなのに、俺はやっぱりお前が好きなんだ。全然お似合いじゃないけど、そんなのずっと分かってたけど、お前の隣にいたいって思う。
なあ、日吉。
俺、どうすれば良いのかな?