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 まあなんだかんだで色々大騒ぎして翌朝。今回は妙な暗号を送られることもそれを解いて大騒ぎになるようなこともなく、キング・カズマのエキシビションなどというものもなく、ごく普通に夜を超え朝を迎えた。
 並んで食べる朝ごはんに妙にテンションを上げたのは恐らく若者たちは皆一緒。

 受付会場までは、理一が送ってくれた。本当に一緒に参加する気なんじゃ、という疑いの視線を夏希は向けたが、気づいているだろう理一はそれについては何も言わなかった。
「…なんなのこの席割」
 後部座席で肩を突くようにして不満を述べたのは夏希が最初だが、佳主馬も「全くだ」というように無言でむっつり、だが深く頷いた。
 誰の車か結局不明なままだが、セダンの後部座席には夏希と佳主馬。助手席には健二が乗っている。先輩は女の子だから、と後ろでくつろいでくれと勧める小磯健二は、もはや草食系とかそんな言葉では表現できない気がする。
 といっても何も健二が最初から自分で助手席を選んだわけではなく、そこには理一の誘導が存在した。なにやら話したいことがあるからと言葉巧みに誘ったのだ。ちなみに、誘導の一環で、佳主馬は小さいから後ろに乗りなさい、と言われた時の佳主馬の顔は、はっきりいって殺意さえ感じられるものだった。理一はまったく気にしていないようだったが。なお夏希には、健二くんはお客さんなんだから、ひとりで広々座らせてあげないと、と言った理一である。
 亀の甲より年の功とはよく言ったものだ。
 さっきから、理一が話しかけて健二が答える、というのが続いている。一応後ろから話しかければ健二は律儀に答えるし、意識は向けてくれているのだが、理一がいちいち話術が巧みで、うしろの二人は面白くないことこの上なかった。
「健二くんの将来の進路なんて決まってるじゃない!」
 夏希は、前ふたりの会話に痺れを切らし、ちょうど「健二君は、将来どんな道に進むの?」という理一の質問に割って入った。
「そうだよ。お兄さんの進路はもう決定済みなんだから」
 そこに佳主馬も負けじと顔を出す。ちなみにふたりとも言っていることはほぼ一緒だが、内容というか想定される未来は全く違うのは言うまでもない。
「ふたりとも、あんまり身を乗り出すと危ない、かと」
 だが当の健二がさっぱり気づいていない様子で、運転席と助手席の間に顔を出した二人に控えめに注意する。
「「健二くん/さんは黙ってて!」」
 そんな「わかってない」健二には当然二人から反発が起こったが、理一を笑わせるだけだった。
 彼は、完全に、健二を両方から取り合うようにじゃれつく従兄弟の子供達を面白がっているようだった。

 まあそんな時間もそう長かったわけでもなくて、会場についてしまえば理一は別行動になった。というか理香にどこかに引っ張っていかれた。とりあえずこき使われるということだけはわかる。
 エントリーをして、ゼッケンをつけて、記念品のピンバッチとタオルを「へ〜、結構力いれてんだ…」と夏希が呟くのに頷き、街を綺麗に運動、的なごみ拾いグッズを受け取って、準備は完了。
 ゼッケンには名前、出身地とそれからメッセージを書く欄があり、佳主馬などはメッセージは空欄だったが、健二は夏希に「よろしくおねがいしまああす!」と書かれていた。何か、印象に残る言葉だったらしい。
 開会の挨拶をした市長と甲冑の太鼓隊に見送られ、コースに従って歩き始める。コースにはそれぞれ六文銭ののぼりとコースを教えるアルファベットが描かれており、親戚がいて毎年きているとはいえ地元民とは微妙に違う夏希や佳主馬でもそうそう迷うことはなさそうだ。それに、受付時に地図も渡されている。
「じゃあ、のんびりいこうね。健二くん」
 夏希はにこっと笑って健二を振り向いた。健二は素直に頬を染めたが、しかし夏希の笑いは長く続かなかった。
「ちょっとぉ、なんで佳主馬が手つないでるのよ!」
「え?」
 健二はきょとんとした顔で首を傾げた。その隣には、しっかりと健二の手を握った佳主馬が当然のような顔をしている。それは自分のポジションだろう、と憤る夏希にも、少年は平然としたものだ。
「だって。健二さん、迷子になりそうだから」
「そんなことないけど…」
 だから手をひいてやるのだと堂々と宣言した佳主馬に衝撃を受けたのは夏希だ。健二は別に、年下の佳主馬に何をされようとどうということもないようだ。彼が「キング・カズマ」であることも多少は影響しているのかもしれない。
 だが夏希だって負けるわけには行かない。
「じゃあ、あたしもつなぐ!」
 佳主馬の反対側、夏希も健二の手をとった。勢いでつなぐ寸前、我に返って顔に血が集まってきたが、今さら引っ込みなどつかない。
「……」
 両側をしっかりと繋がれた健二は、なんというか…微妙に罰ゲームのような様子にしか見えなかった。もしくは、拘束された宇宙人…。

 結局、歩きにくさにこけた健二のために、二人は渋々手を離した。痛いといったときに離すのが本物なんだからとはどこの大岡越前か。
 とりあえず順路に沿って歩くと、城周りを越え、民家ゾーンに入った。古くからのご典医のおうちだとか小学校だとか崩れた武家屋敷の塀だとかを見ながら、「近くに山が見えるっていいですよね」という健二のほのぼのした空気にあわせて三人は進む。若いので足は速い方だったが、急ぐ旅でもないと、道々ボランティアのおじいさんのお話を聞いたりしながらコースを辿っていく。さして喉も渇いていないのに長生きする水をしっかり飲んでみたり。北国街道にかかるあたりでは、蔵がパン屋だったりしてちょっと驚いた。いい匂いがしていて、パンといえばコンビニのパンくらいしか知らない健二は「パンってこんな匂いがするんだ」と呟き、残り二人をちょっとだけ唖然とさせた。勿論健二の周辺にもパン屋くらいあるはずなのだが、まあ、高校生男子がパンを買うとするならコンビニが確かに妥当かもしれない。
 健二はその人の良さそうな雰囲気のせいか、道中結構お年寄りに話しかけられた。その度に腕を引っ張って「いこう」という夏希や佳主馬がなんだか幼くて、健二はずっとにこにこしていた。ただ、最初の給水所で、飴とお茶を両側から出されたのにはちょっとだけ困ったようだったが。
「わあ、随分並んでますね」
 裏通り?から大通りに出た時、やたらな行列とぶちあたった。何かと見れば、どうやら大判焼きのような今川焼きのようなものに老若男女が行列していた。行列自体は見慣れていても、それは例えばテレビで話題のラーメン屋とか、新しいゲーム機の発売日前とかそんなのばかりである健二は、並んでいる先がそういったものであることに小首を傾げ、店の名前を読むべき軽く背伸びした。志まん焼き?
「しまんやき…?」
「じまん焼き」
 佳主馬に訂正されてなるほど、ともう一度見てみれば「志」には濁点がついている、ような。健二は「なるほど」と納得して頷いた。
作品名:jumper 作家名:スサ