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僕らの時計は止まらないで動くんだ。

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「ちょっと佳主馬、健二くんは具合が悪いんだからまとわりつくんじゃないの!」
 実の母というラスボスの存在には、彼もまだ刃が立たないらしく。
「えっ、…だって健二さん寂しいじゃない!」
「え、別にそんなことは…」
 うどんを吹いていた健二が、ビックリした様子で目を瞬かせる。その時には既に、聖美が到着していた。腰に手を当てた、貫禄たっぷりの様子で。
「ほら、あんたも昼食べちゃいなさい。それから、妹の面倒をよろしくね、おにいちゃん?」
「…!」
 衝撃を受けた顔で、佳主馬は固まった。
「ごめんなさいね、健二くん。うちの子が邪魔してたら、食べられないでしょ? 後で薬持ってくるから、ゆっくり食べてね」
「え、いえ、あの、すいません…」
 そこで聖美はにっこり笑って、健二の向かい側に何となく並んで座っている四一歳の陣内男子を見た。
「よろしくね」
 年齢だけで言えば彼女は理一、侘助より年下になるのだが、数年の差が物をいうのは子供時代の話である。二人の子持ちとなった彼女は、未だ独身の二人よりもどっしりと落ち着いていたから、佳主馬に対するのと大差ない態度で言われても、逆らおうという気持ちを起こさせなかった。不思議と。
 それに、彼らも健二のことは嫌いではないのだ。もしかしたらそこが一番重要かもしれない。
「まかせておいて」
 ふふ、と聖美は笑い、そしてこたつには健二、理一、侘助の三人が残される。健二が食べ終わる頃には、大人衆にも昼が回ってくるだろう。
「健二くん。ゆっくり食べてね」
 頬杖をつきながら理一が言えば、照れくさそうに健二は笑った。幾分困った風情なのは、訪ねて言った先で体調を崩したことに対する気恥ずかしさがあるかもしれない。
「そうそう。ガキどもが戻ってくる前に食っちまわないと、またうるさいぜ」
 侘助もみかんを口に放り込む合間に笑って指摘する。そんな、と困ったように笑う健二の顔はうっすらと上気していて、確かに発熱しているのだと伝えている。だが、とはいえ、体を起こして食事が出来るのであれば、そこまで深刻な状況と言うのでもあるまい。一応午前中の間に万作が往診にきてくれて、薬を置いていってくれている。安静にして栄養と水分をしっかりとって汗をかいたら着替えをして、と、非常にステレオタイプなことを告げて彼は次の往診へと向かっていった。
「…本当、みなさんにはご迷惑をかけてしまって」
 鍋の表面に視線を合わせながら、箸の先に迷いを載せて、少年は小さな声で口にする。彼はずっとそんなことを気にしていたらしい。侘助は瞬きした後理一をちらりと窺った。ほぼ同じタイミングで、理一も侘助を見た。
「…白けたこと言うなよ。少年」
 侘助は苦虫を噛み潰したような顔で答えた。機嫌が悪いようにしか見えないが、要するに照れ隠しだ。それを知る理一は、笑いを堪えるように目を細める。
「誰も迷惑だなんて思っちゃいねえよ。…家族、が…助け合うのは当たり前、なんだろ。…ばばあが生きてても、同じこと言うだろよ」
 健二はぽかんとした顔で目を丸くする。理一が、楽しげな微笑を浮かべて「健二君」とフォローを入れる。
「うちはこういううちなんだ。君が具合が悪くなったなら、それを放っとく方がおかしい。だからね、気にしないで、大事にされてください」
「…で、でも」
「いいの、いいの。大体、うちのあの元気のいい若者ふたりのお守りも結構大変だと思うよ。本当は風邪じゃなくて疲労なんじゃないの?」
 元気のいい若者のお守り、といわれて、健二も最初ははて、と首を傾げる気持ちになったのだが、それがすぐに、未練たらたらで離れていった佳主馬と夏希のことだと理解すると、思わずくすりと笑ってしまった。確かにあの二人を前にしたら、風邪の方が尻尾を巻いて逃げ出しそうだ。佳主馬なんて、この寒いのに未だにハーフパンツをはいていて、そして全く寒そうではないのだから。見ている方が寒いというか、小学生男子かと物申したいというか。
「あー、そりゃあるかもな」
 シシシ、と癖のある笑い方をする侘助に、釣られたように健二も口を押さえて笑った。気候はとても寒かったけれど、この家の中は、構成する家族のおかげでとても暖かい場所だった。鍋焼きうどんの真ん中、半熟玉子のオレンジよりも、きっと、ずっと。


 うどんを食べて薬を飲んで、再び健二は床につく。まんまと昼食を一緒に取り損ねた佳主馬が、あっという間に母の手を逃れて健二のそばにやってくる。対して夏希は後片付けに駆りだされたようで、薬と水を持ってきただけで悔しそうに戻っていった。
「…かずまくん」
 布団の中、微かに痛む喉を励まして、健二はそっと傍らに呼びかけた。モバイルを持ち込みながらも何をするでもない様子の佳主馬は、弾かれたように健二を覗き込む。まるで彼のアバターのように長い耳がついているような、そしてその耳がぴん、と揺れた様子まで思い浮かんでしまうような、そんな表情に健二は目を細くする。呼べば誰かが振り向いてくれる。こんな近い距離に、誰かがいる。それは今までの健二の人生において、珍しいことだった。細めたままに瞳を閉じて、彼は穏やかに笑った。
「ありがとう、ね」
「…何、いってるの」
 佳主馬は困ったような顔で、ためらいがちに手を伸ばした。そっと健二の額に、頬に触れて。すると、どちらかといえば、子供にしてはひんやりとした佳主馬の手の温度に、健二はほっと息をつく。佳主馬の頬の高いところに朱が散る。触れたのは佳主馬なのに、主導権は佳主馬にあるはずなのに、健二の吐息や伏せた睫がやわらかく拘束して、それ以上触れることも離れることも佳主馬は出来なくなってしまう。
「…うれしいな。こういうの」
「え?」
 特別に健二の両親が健二に対して無関心だった、わけではないと思う。ただ彼らは共に忙しかった。そして健二はわがままを言う子供ではなくて、要するに、ただそれだけの話なのだ。『お母さん行かなくちゃいけないけど、いい子で寝てられるわね?』そういわれれば、うん、と頷く他なかった。ほんの少しの心細さもなかったとはいえないだろうけれど、それでも、無理にも縋ったり出来る子供ではなかったのだ。
 それなのに。この家の人々は、朝からかわるがわる様子を見に来ては、具合はどうだ、何か欲しいものはないか、熱は下がったか、林檎をむいてやろうか――、果ては小さな子供達までひょっこり顔を出し、ケンジ、本読んでやろうか、なんていうのだ。彼らは彼らよりは年長の佳主馬にすぐに追い出されたが、早く元気になって宿題教えて、それと一緒に遊ぼう、と言うのだけは忘れなかった。
 どちらが良くてどちらかが悪い、ということではない。けれど、その暖かさに心を溶かされたのだけは事実だった。
「…健二さん」
 手を預けたまま、佳主馬は顔を寄せた。吐息のような声で続ける。
「ありがとう、は、僕だ」
「…かずまくん?」
 健二はうっすらと目を開けた。強い、黒い瞳が至近にあって驚くけれど、熱のせいで朦朧としているのか、普段ほどに驚くこともなく、ただじっと見返すだけだった。
「いつも、思ってるんだ。ありがとうって」
「いつも…」