I know what I do when
「ふぁ……ねむ」
危険と隣り合わせの尾行だというのに、睡魔はあくまで居座るつもりらしい。もう何度目になるのかわからない欠伸のせいで目に涙を溜めながら、どうにか前方を確認しつつ歩を進める。
男たちに隙はない。シオンを真ん中に囲んで固まり、周囲を確認しながら歩いている。
だが当のシオンはといえば、信じられないくらいに隙だらけだ。多少は緊張している雰囲気が感じられるものの、それも、
「さすがに今ここで襲われるのはちょっとイヤだなー」
程度のものだ。
それはもう、本当に相手を信頼しきっているかのように。あくまで従順に。愉しげに。
シオンの思惑がわからない。ライナは思考を巡らせる。
想像通り、潜入調査だとしよう。だがそれは、シオン本人がやるべきことなのだろうか? 効率はともかく、安全面においては部下に任せた方が断然都合がいいだろうに。
それとも、義賊と繋がりがあるらしいシオンのことだ。あの男たちもそんな、裏で繋がりのある者たちなのかもしれない。
しかし男たちのあの警戒のしようを見るに、それも有り得ない。第一、それこそ密偵役の部下に任せれば済む話だ。
となると、やはり浮かぶのは最悪の想像……シオンの趣味、という説だ。
ふらふらと男たちについて行くシオンを見ていると、なんかもう本当にそういうことなんじゃないか、という気がしてくる。
そして、なら俺は、あいつの人には知られたくない趣味を覗こうとしているだけのストーカーなんじゃ……なんて、まるでフェリスの語るライナ・リュート像をそのまま演じているような、そんな錯覚にすら陥る。
そうだ。シオンがどんな趣味を持っていようが、ライナには関係ない。強請のネタにはなるかもしれないが、悪趣味に過ぎる。
ルシルがいる限り殺されはしないのだし、シオンは男だし……貞操など、ライナが横から口を出すことではない。
どちらだって同じことだ。
「アホらし……帰るか」
寝て忘れてしまおうと意識を帰路に向けたとき、集団に動きがあった。
目的地に着いたのだろう。そこは町外れの、これまた如何にもな酒場。
男のうちのひとりが、シオンの腰に手を回す。
シオンは嫌がる様子もなく……それどころか、照れたような笑みを浮かべた。ライナが普段目にする、仕事大好き王の笑みとはまるで違う。
男の服の裾を掴んだシオンが、促されるままに酒場の中へと消えた。
「……なんだ、それ」
ライナの胸の奥が、軋む。
なんだよ。そんなの、恋人みたいじゃないか。
なんでそんな男に、笑いかけてんだよ。
気軽に腰なんか触られて、どうして抵抗しないんだよ。
単純に男同士だという事実に不快感を感じた、というわけではない。それよりももっと根本的なところで……
「……気持ち悪ィ……」
吐き気がした。
「……くそっ!」
頭を振りたくって、それを抑え込む。
瞳を閉じ、開き──顔を上げる。ライナの黒い瞳の真ん中に朱の五方星が浮かび上がった。
『複写眼』。全ての魔術を見通す、特殊な瞳が発動する。
ライナの目に見える世界が変容する。全て数値で、全てグラフで。
その瞳で、酒場とその周囲を見渡す。
「魔導罠、無し。魔法が発動してる様子も……戦闘自体の気配も……ない、と」
シオンが何を思ってこんなことをしているのか? そんなこと、ここで考えていたって仕方がない。
まずは突入してそれから全員ふん捕まえて、シオンから直接聞き出す!
「我・契約文を捧げ・大地に眠る悪意の精獣を宿す」
かつてエスタブールの魔法騎士から奪った魔法を使い、ライナは跳躍した。大幅に強化された身体能力で、酒場までの数百メートルという距離を一気に詰める。
「……っ」
扉に手をかけ、開く。
その動作をほんの一瞬、躊躇する。
もし。
もしここを開けたとき目に飛び込んでくるのが、男たちに体を委ねるシオンだとしたら。
だとしたら、俺は……
「……俺は、なんだってんだよ!」
バン! と勢いに任せて扉を破る。
見たくなかった。目を閉じたかった。
そこにいるのがシオンだとわかっているから、なおさら。
なおさら……怖い。
「シオン!? 無事か……って…………ぐぁ」
ライナの意識が、途切れた。
作品名:I know what I do when 作家名:紅 子