I know what I do when
頭痛がする。
酷い衝撃を受けて、床に倒れ込んだのは覚えている。
どうにか目を開けるが、視界が霞んだ。
そして力無く横たわったライナの口から、
「…………あのー、シオン君? これは一体……」
まあ当然といえば当然の質問が飛び出して……
「よぉ、ライナ。遅かったな」
「『遅かったな』じゃねえええええええええ!!!」
当然といえば当然の叫びが酒場内を埋め尽くした。
「いや……わかってたよ? どうせいつものオチなんだろうってさあ……」
ライナは泣いた。
シオンは、気絶した男たちが折り重なって出来た山の頂上に、優雅に腰掛けている。
その姿こそ、まさにシオン・アスタール。
髪は黒に染まったままだが、金の瞳は強い輝きを取り戻し、足を組み替えるという動作ひとつ取っても王としての風格を失わない……洗練された空気をまとっている。
「まったく、ライナがあんまり待たせるから、俺ひとりでやっちゃったよ。あーつかれたー」
……まあ、この言動がなければ、の話だが。
「ひとりでやっちゃったって……こいつら結構強そうだったぞ?」
「うん、だからライナにやってもらおうと思ってわざわざ誘い込んだんだけど」
「あの定食屋が近くにある裏路地に?」
「そうそう」
「わざわざフェリスたちに俺のルート固定させて?」
「うんうん」
問答を繰り返す毎に、シオンの表情が明るくなっていく。満足そうな笑顔だ。
「ってだから……そんなくだらないことに手回してるヒマがあるなら寝ろって……」
反対に、ライナの元気はなくなっていく一方だった。
倒れ込んだことで忘れていた睡魔も蘇ってきて、もうこのまま寝ちゃうか……なんて思って目を閉じる。
「……あいつらさー」
男たちの山からは下山したのだろうか。若干近くなったシオンの声に、耳だけ傾ける。
「うん?」
「あいつら、人浚いでさ。それも男専門の。囮立てて捕まえようって話になったのはいいんだけど、適任者がいなくて……俺なら、いざとなったらルシルもいるから、と思ったんだよ」
「でも、ひとりでやったんだろ?」
「そうなんだよねぇ」
ライナの予想通り、というわけだ。誰もいない中空を睨みつけて、サディストめ、と毒づく。
「なんかされたのか?」
「まさか」
有り得ないだろ、と一笑。
だが、その声は震えている気がした。
……想像する。
あからさまに行為を強要してくる男たちに囲まれて、仕事に疲れて気だるい体で、頼りにしていたルシルも、ライナも何故か現れてくれなくて……
シオンは、どんな気持ちでいたのだろう。
怯えたんだろうか。泣きたかっただろうか。
心の中では助けを求めているくせに、怖くなどないと、傲慢に振る舞ったのだろうか。
馬鹿な妄想に囚われて、突入が遅れたことを素直に恥じる。
「……ごめんな。怖かったんだろ?」
「なんだよ、いいよ別に」
困ったようにシオンが笑う。そして、
「さて、それじゃああとは優秀な部下に任せて、帰るか」
そう、なんでもないことのように言って立ち上がった。
「ん? ああ、そうだな」
優秀な部下、ということは、他にも応援を呼んであるらしい。このまま寝るよりもやはりベッドでゆっくりと寝たい。明日の昼まではせめて。 そう思ってライナも立ち上がったのだが……
「おいおいライナ、どこ行くんだ?」
「どこって宿に……」
ピシ、とシオンが指差す。ライナを。
「『優秀な部下』」
「……へ?」
店内を見回す。 男たちの数は、元から店内にいたらしい数も含めて10人以上。シオンと男たちの戦闘痕。ライナが壊した扉。
ライナ以外に動いているものの気配は、ない。
「……まさか、これ全部俺が片付けるの?」
「うん」
「でも、そんなんしてたら丸1日かかっちゃうぞ?」
「明日は昼頃宿に行くから……」
「そこから仕込みかあああああああああああああっ!!」
丸1日のオフ。
それは悪魔が象った偽りの平和だったのだ。
あのとき。あのときシオンを見つけなければ。馬鹿な想像に心奪われたりしなければ!
すべての元凶を睨み付ける。
あの蜂蜜みたいに甘かった金色も、黒い髪のせいで幼く見えた笑顔も、全部演技だったのだ。
そんなものを少しでも──
綺麗だ、なんて思わなければ。
その目を向ける相手が、どうして俺じゃないんだろう、なんて。
嫉妬したり、しなければ。
「俺、やっぱり帰……」
だがその言葉に、金の瞳が、悲しげに揺らいで……
「…………ごめんな、怖かったんだろ?」
「ぐはっ?!」
またこのパターンか!
ライナは倒れ伏し……
「……眠い……」
男たちの屍という山の、一端を担うこととなった。
作品名:I know what I do when 作家名:紅 子