傍迷惑なひたむき
05
微かに身じろぎをした帝人を見つめる。じっと見つめれば見つめるほど、その体は震えた。怯えている様子にしては目が強い。必死にこちらを見上げている。恐らく根っこでは自分を恐れているいないにしても、認めていてくれるのだ。そう思うともうやはりたまらなかったから、本当に仕方ないと静雄は思った。
手が自分の意志とは反対に動く。
守りたいのに傷つけたくてたまらない。
跡を残して、食んで、声を聞きたい。
恐ろしく乱暴な感情に自分でも驚いた。暴力は嫌いだが、これは暴力じゃない気がする。だって嫌いになれないのだ。むしろこの感情を大事にしていきたいとすら思う。
撫でれば、足の先から背筋にかけてぞくぞくとする。
洩れた小さい悲鳴に、口元が緩むのを我慢するのにとても根性が要った。
やんわりと離された自分の手をそっと握る手ごと彼を持って帰れたらなあ、なんて物騒な考えもよぎったがとりあえずそれはそれで置いておいた。
「なあ、竜ヶ峰」
自然と出た己の声がやたら切なそうに聞こえて、ちょっと鳥肌が立った。なにこれこわ、と思わないこともなかったがそれより帝人の様子の方が大事な静雄は真摯に彼を見つめ続けた。
「はい、」
内心大混乱中の帝人は肩から提げている学生鞄の紐だけが頼りとばかりに、強く強く握りしめながら言葉を待つ。こくり。小さく喉が唾を嚥下し、帝人は小さく瞬きをした。心の安定を保ちたいのにできない。どうしよう僕は食われる。というか殺られる。その思いだけでいっぱいいっぱいだった。前者はともかく、後者は完璧に混乱していたがゆえだった。
大きな手が伸ばされる。
反射的に帝人は目を伏せ、体を縮こませる。
しかし、彼の想像とは逆に暖かいものが彼を包み込んだ。
「え?」
静雄が大事そうに帝人を抱き締めたのだ。
しかもこんな公衆の面前でだ。夕方とはいえ、池袋にはたくさんの人々が今日も行き交っている。自動喧嘩人形の御前だとしても周囲には周囲の生活のリズムがあったために、静雄と帝人の抱擁はばっちりしっかり見られていた。
ぱしゃ、と密かに写真を撮ったのは偶然散歩に出ていた闇医者と都市伝説だったが、幸いに静雄にはそれを気づかれなかった。それに静雄は周囲にも闇医者にも意識は向いていない。
ただただ、腕の中の存在を意識して本能のままに行動している。帝人ももはや周囲より、この状況を如何にすべきかむしろ自分が体験していることは明らかに非日常で人生というものは何が起こるか分からないし不可思議な体験もまあなんとかあるんじゃないかなあ、なんて悟りを開きつつあった。
「……帝人」
初めて名前を呼ばれた。
はっとして顔を見上げれば、やおら真剣な顔の静雄が熱の籠もった目で自分を見つめている。
「帝人くん、やるねえ。ねえ、セルティ」
だが腕の中でもしっかり聞き取れた、聞いたことのある声にさあっと絶望感を帝人は感じた。知り合いに見られた。世間体が、というか何で静雄さんは僕を抱き締めているのか。改めて確認する。何なんだ、この状況と。
考えて考えて、現実からの逃避を試みて。
(そうだ、ううん、眠ろう)
よほど恥ずかしかったのか、それとも自分をそこまで制御できるのか、かなりの衝撃を受けた所為か。目を瞑って、そして彼は静雄の腕の中で意識の蓋を急いでたたき付けて、現実から逃げた。