はじまり
――どうしてなのか、分からなかった。
理由なんてもの、考えるだけ無駄なのは承知の上で。
それでも考えずにはいられない。
なぜ、彼が自分にあんな行為をしてきたのか、なんて。
たとえそれを考えるだけのキャパシティを自分が持ち合わせていないと分かっていても。
「零」
目の前に、影ができ。
呼ばれて顔をあげれば、見慣れた顔があった。
太陽を背後にして、零の前に立つ男。
首に無造作に巻かれた白色の布が、風にあおられてはためいている。
「赤城さんが、お前を呼んでる」
ポケットに両手を入れたまま、九九が告げた。
見下ろす視線は、まっすぐに零に注がれている。
「…」
分かった。
そう告げる代わりに自分は頷く。
天気は、快晴。
抜けるような青空に戦闘機は良く映えるだろう。
「ガダルカナルあたりらしい」
九九の言葉に、こくりともう一度。
声など出ないことに、不都合など微塵も感じない。
声で届くことなど、それほど重要なことではない。
いけるか?
言葉として掛けられることはなくとも、彼の瞳はそう告げていた。
「さっき、帰ってきたばかりだろう」
自分も同じ艦上機なのに。
飛んで。
敵を正確に倒すことが自分の生きている証だろうに。
この男は、いつも零の身体の心配ばかりする。
それが不思議で。
どこか心の奥を面映くさせる。
「…」
大丈夫という言葉すらおかしい。
大丈夫でも、そうでなくとも。
飛ばなくては、戦わなくてはならないのだ。
それ以外に、自分に存在価値など無いのだから。
「零」
…否。
…たぶん、そういうことだけじゃないのだろう。
「何か、俺にして欲しいことはないのか?」
そう言いながら、差し伸べられるのは彼の手だった。
「何か言いたいことはないか?」
振動で、この男ならば自分の言葉を理解できる。
けれども、それは彼が零の口元に近づける手をやんわりと顔を叛けたことで制される。
(今は…)
何も、ない。
脳裏にちらつく、あの残像を。
言葉で伝えられるほど。
自分は、それほど
地に足をつけていないのだから。