はじまり
ガサリと地面が擦れる、音がした。
生きているものの気配を、瞬時に全身で感じ取る。
「無様だな、零」
その声に、全身が震えた。
さっと目の前が暗くなる。
遥か遠くの太陽を遮るように、零を見降ろすのは見知った顔。
「動けねぇみたいだな」
彼が自分に向けた笑みは、
決して自分を労わるようなものではなく。
「また、こんな機会に恵まれるとはな」
残像が、脳裏をよぎる。
思い出すべきではない、記憶が。
「拒否権なんてお前にはないんだぜ?」
零の瞳が映し出す感情を、彼は正確に読み取ったようだった。
彼の笑みは、さらに深いものになる。
「この前のときも、えらくよがっていたよな?」
伸びてきた彼の手に、視界が覆われた。
触れる体温の熱さに、おもわず喉の奥が鳴った。
この熱さを。
自分は知っている。
「おっと」
背けようとした顔は、わずかに動いただけだったけれども。
彼の片手が、零の動きを封じるように首に回される。
「ほせぇよなぁ」
まるで、それがいけないことだといわんばかりに、揶揄するような声色で。
「ここで少し力を入れるだけで、首がへし折れるぜ」
ぐっと、喉骨の出た部分を親指で強く押されて息が詰まる。
「こんなのに、米国(オレたち)の最強だといわれた戦闘機が何機も壊されたなんて、な」
――今。
彼の瞳を揺らしているのは、報復の炎だろうか。
彼の仲間を、自分はいくつ海の残骸にしたのだろう。
――奪い、奪われて。
――そして又、奪い返す。
無限に続くこのループは、きっと永遠に終わらないのだろう。
それは。
それはなんて。
(ああ・・・)
込み上げてきた感情を、言葉にする術は持ってない。
哀しい連鎖は、そうやって続くのだと。
けれども、それにあがらうだけの力を持っていない自分の方がもっと。
もっと、価値のないのだと。
――ああ、そうだ。
世界はそうやって、作られているんだ。
「俺もお前も」
零の眼を覆っていた彼の掌が離れてゆく。
それと同時に、照りつける太陽の日差しが眼に飛び込んできた。
きっと天国なんてものに、死んでもいけねぇだろうから。
「今ここで、天国の気分を味わっておこうぜ?」
そう言いながら浮かべた彼の笑みは。
ぞくりとするほど、どこか。
狂気に満ちているように見えた。