ぶりたにあ・えんじぇう☆★
3.家庭訪問
セルティと新羅が帝人を預かった日の、翌日。
ピンポン、と鳴らされたインターフォンに呼ばれて玄関の扉を開けると、和服を身に付けた小柄な人物が立っていた。
短く切り揃えた黒髪は艶やかに、闇よりも深い漆黒の瞳は真っ直ぐに新羅を見詰め、頭を下げた。
「帝人が、お世話になっています。初めまして、本田菊です。」
帝人が魔法とやらのおかしな力によって幼児に逆行してしまった、その夜。
首なしの妖精が存在するのだから無いとは言わないが、あまりに現実味が薄い話に眉を寄せて問う一同にセルティが説明したのは一言。
『ヤツの出身国はイギリスだからな。何でもありだ。』
それ以上を語ろうとしないセルティは、大人達が見守る中、すやすやとベッドで安らかな寝息を立てて眠る帝人の髪を梳いている。
小さな手はライダースーツを握り締め、セルティが動くに動けなかった為だ。
ちなみに、同様にベッドに飛び込もうとした新羅は、残る全員から蹴りを入れられ床に沈んだのだった。
そうして、帝人が床に就き、臨也と静雄を追い出して2人きりの寝室に、再び黒電話が鳴り響いた。
帝人を起こしては敵わないと慌てふためいて携帯電話を操作した新羅は(帝人には悪いが、勝手に必要な箇所は見せて頂いた)、昼間に連絡を寄越した相手から届いたらしいメールを開く。
From 本田菊
Sub お宅訪問の件について
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こんばんは、本田菊です。
時間が取れましたので、明日、お宅へ伺わせて頂きたいと思います。
つきましては、御都合のよろしい時間帯と御住所をお知らせ下さいますようお願い申し上げます。
首を傾げて新羅を窺い見るセルティにもメールを見せ、時間の指定と住所を添付し返信する。
1人、相手の素性を間接的にとは言え知っているセルティは、イギリスが言う"日本"の来訪を、密かに心待ちにした。
セルティはソファに腰掛け、相手が来るのを待つ。
膝には帝人が座っており、スケッチブックにクレヨンで楽しそうに絵を描いている。
「お待たせ、セルティ、帝人君。」
廊下とリビングを隔てる扉がキィ、と音を立てて開けられた。
ピクリ、と肩を揺らし、勢い良く顔を上げたセルティは、新羅の後ろに佇む小柄な人影を見た。
華奢な体格に、落着いた雰囲気。イギリスの、見栄えと外面の良さに反比例して聊か忙しない子供っぽさを知っているセルティにしてみれば、何とも対照的なのだろうと驚く他無い。
場所柄、セルティはイギリス以外にも面識のある国はあるが、外見に見合わない穏やかな顔付きは、伊達に歴史だけは刻んでいない老齢の国である事を窺わせた。
新羅の声に反応したのは帝人も同様であり、事前に今日の事を知らされていた帝人は、パッと顔を上げると、勢い良くセルティの膝から飛び降り、走って行った。
「きくしゃまぁ!!」
転びやしないかとハラハラする2人とは違い、眼元を和ませて緩く口元を上げた客は長く垂れた着物の袖を広げ、帝人を歓迎した。
「元気そうですね、帝人。遅くなってしまって済みません。」
飛び付いた幼子を危なげない様子で抱き留めた人物は、頬を足元で頬を擦り寄せる帝人の頭を撫でると、改めて2人に向かって頭を下げた。
「この度は御迷惑をお掛けし、大変申し訳御座いませんでした。」
深々と下げられる頭に焦った2人(特に正体を知っているセルティ)は、急いで上げさせてソファを勧めた。
有難う御座いますと、ふわりと微笑んだ客は、中性的な容姿をしており、一瞬、セルティは性別に迷った程だ。
だが、仮にも医学に携わる者として新羅は欠片も迷う事無く、セルティの内心の迷いを見透かしたように苦笑すると、「セルティは彼の知り合いの方と知り合いなんだよね?」、と助け舟を出す。
『あっ、あぁ。カークランドからは一応名前を聞いているんだが…』
返答は新羅に向けて、後半は客人に向けてPDAに打ったセルティに、客人は不思議そうにコトリと首を傾げる。
「えぇ、はい。そちらの男性には一応自己紹介も済ませましたが、改めまして、本田菊、と申します。アーサーさん…いえ、Mr.カークランドの知人です。」
『御丁寧にどうも。私はセルティ・ストゥルルソン。カークランドとは旧知で、帝人は大切な友人だ。』
「あぁ、それでは、貴女がセルティさん…貴女は、アーサーさんの事を"知って"いるのですね?」
水底のように静まり返った瞳が、セルティのある筈無い顔の目をジッと見詰めるように、鋭く光る。
重複したように見え、また違う意図の含まれた問い掛けに、セルティは慎重に頷いた。
そうですか、平坦に返る言葉に反し、双眸は穏やかに凪いだ。
「ん?えっ、ちょっ、セルティ待って…知り合いの人って、男?男なの!?まさか浮気とかそんなんじゃn(ry」
『旧知だと言ってるだろ馬鹿!余計な邪推をするな鬱陶しい!!』
カークランド=男だと認識した途端喚き立てる新羅にセルティは裏拳を入れ、憤然とPDAを打った。
馬鹿ップルの微笑ましい漫才を見る客、菊の袖を引き、それまで大人しくお絵描きをしていた帝人がスケッチブックを掲げて広げた。
「できました!」
「おやまぁ、帝人。上手に描けましたね。……ところでソレは、一体何です?」
褒めて褒めてと顔一杯に書いてある帝人の頭を撫でる菊だが、白い画用紙に描かれたモノの正体を、今一つ理解出来ない。
否、何となく分かるのだが、何故そんなものを帝人が描いているか、と言う事だ。
「ゆにこーん、です!いぜんに、あーしゃーしゃまがおしえてくれました。つのがはえてはねがはえたおうましゃんなんだって!かっこいいんだって!!」
そのよこにいるのはぴくしーです、と、満面の笑顔を綻ばせる帝人。
対する菊と、そしてセルティの反応は微妙である。
(ひょっとして……帝人の非日常好きは、カークランドの入れ知恵なんじゃ……)
強ち間違ってもなさそうな推測をしたセルティは、それ以上の思考を遮る様にシャットダウンした。
「それで、帝人君の事なんですが…」
気分を入れ替える様に、新羅が咳払いする。
本題を切り出され、菊は背を正した。セルティも真剣な気持ちで新羅と菊を見ている。
「お聞きした所ですと、1週間は戻らないだろうとか。」
「えぇ、それまでの前例から見ると。…と、言うより、この子の突然変異を、良く受け容れられましたね。」
普通は疑う所だろうと、感心の眼差しを向ける菊に、新羅は情けなく笑った。
「これでも、不思議現象には色々と耐性がありまして。それに、僕は最愛の人が言う事を、疑ったりしませんから。」
傍から聞いたら惚気以外の何物でもない言葉に、セルティは照れ隠しで思い切り引っ叩きそうになった手をどうにか引っ込める。
制裁を加えるのは後でも出来る、今は、帝人の今後についての大切な話なのだ。
優しい眼差しを向ける菊は、チラリと帝人を見、再び2人を見る。双眸に映り込む感情は、慈愛である。
「私も忙しい身である事は間違いありませんし、この子の面倒も殆ど見られないとは思いますが、本当の事を申しますと、今日、此方の様子次第では帝人を連れて帰ろうかと思っていたのです。」
作品名:ぶりたにあ・えんじぇう☆★ 作家名:Kake-rA