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ぶりたにあ・えんじぇう☆★

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4.天敵襲来




 池袋の都市伝説、黒バイクと言えば、妖精デュラハンこと、セルティ・ストゥルルソンである。
影で作った黒い大鎌を自在に操り、バイクでビルの側面を疾走し、多少の物理的な攻撃ではもろともしない様な、しなやかな女性体でありながら反則なスキルを持ち合わせた、一般人の畏怖と敬遠の存在である。
また外面だけでなく、内面にしても非常に漢気溢れる性格をしており、反して女性らしい細やかな気遣いをも見せる、皆の姉貴分の様な妖精だ。
カテゴライズとしては“非常識”な存在でありながら、人らしい良識と、人としての感性を備えた彼女の“常識人”としての在り方は、絶妙な具合で折り合っていた。

 さて、そうした人(では無いが、彼女の決意や人間との関わりは既に“人”と分類して差し支えないだろう)として最強の部類を誇る彼女と言えど、怖いものが無い訳ではない。
それは、今や失えない存在となっている同居人兼恋人である新羅の存在や大切な友人達がセルティの前から居なくなってしまう事や、彼等が傷付いたり悲しんだりする事だったりするが。
その、最たるは、今、セルティの目の前にあるものと、大きく関連するものだった。


「ハロー!帝人!!本当にちっちゃいままなんだね!!」

 瞬かせた空色の双眸は、眼鏡の奥で子供のように純粋な輝きを帯びている。
帝人を抱き上げ、そのままクルクルと回り始めた青年に、セルティは万が一にも落とすのではないかと心配し通しだ。
だが、肝心の帝人は嬉しそうに頬を染め、歓喜にソプラノで笑い声を上げている。

「あるしゃま、はやいです!もっとはやくしてくだしゃい!!」

「よぉし!じゃあ飛ばすから落ちないでくれよ?」

流石にこれ以上の加速は認められないと、尻込みしながらもセルティは急いで止めに入った。



 その日セルティは、仕事の予定が夜中にしか入っていないのを幸いに、帝人の手を引いて散歩に出掛けた。
新羅は家で留守番をしている。昼少し前に出たので、帰宅する時間に合わせて帝人の昼食を用意しておいてくれるらしい。
笑顔でいってらっしゃいと見送ってくれた新羅に手を振って、家を出てから丁度10分程が経過した頃、常に常備している帝人の携帯電話が音を立てた。

「はい、竜ヶ峰です。」

きちんと名乗り受け答えた帝人の賢さに感心していると、電話越しだと言うのに此方にも聴こえてくる程の声量で以て相手は声を上げた。

『Hi!!帝人、まだ戻ってないんだって?菊に聞いたよ。元気かい?』

からりと晴れた空を連想させる様な明るく弾んだ声は、開口一番に帝人の安否を気遣う言葉を紡いだが、声を聞いただけで帝人は誰だか分かったらしい。

「あるしゃま!」

そして、それはセルティも同様であった。

(あっ、アルだって!?)

セルティは肩を揺らした。自身でも大袈裟な程の動揺は、しかし帝人には気付かれず、彼は電話口の相手と楽しそうに談笑している。

「はい、それでは。」

ピッ、と終了ボタンを押してセルティを見上げた帝人は、幼い顔を更に幼くし、セルティの無い筈の表情を窺い見ているようだった。

『なっ、何だ、どうした?』

わたわたと焦った様にセルティは帝人に視線を合わせる為にしゃがむと、PDAに打って帝人に見せる。
数瞬何がしか言おうかと口を開いた帝人は、結局呑みこむと、ニコリとセルティに笑い掛ける。

「あのね、いまから、ぼくのおしりあいのかたが、こっちにくるって。」

あーしゃーしゃまのしりあいだから、せるてぃおねえちゃんもしってるかもしれないね。
無邪気に話す帝人の前で、やはり間違いでは無かったかと、セルティは肩を落としたのだった。



 アルフレッド・F・ジョーンズ。
正式には“アメリカ合衆国”の化身である彼は、その昔、セルティ達が生きて来た場所の母体であり、またセルティ自身も面識のある、アーサー・カークランド、イギリスの、弟分であった。
その頃の記憶は朧気であるものの、初めて出来た家族に浮かれたイギリスに相当惚気られたような気もする。
また、時折イギリスに来ていた幼子を遠目に見た事もあったので、彼の幼い頃は何となく記憶にある、と思われる。定かでは無いのは、首を取り戻していない為、それが完全なものにならないからだ。とは言え今のセルティは首に対する執着も薄れており、過去はあくまで懐かしむ程度のものになってしまってはいたが。
幼い頃のアメリカであるならばセルティもどうと言う事は無いが、今のアメリカに対しては、少々苦手意識を持ってしまう。
それは、かつて袂を分かつに当たり引き起こった諍いでイギリスが負った心の傷を少なからず知っている事と、もう1点。

「ほら、ご覧よ帝人。最新の宇宙人の映像だよ!」

彼が、リトルグレイ研究の最先端を行く国であるからだった。

パソコンに表示される動画を、見たい様な見たくない様な、複雑な面持ちで結局、セルティは画面を見る事が敵わない。
例え帝人が目を零れ落としそうな程見開いて喰い付いていたとしても、心に根付く恐怖心はセルティに行動を起こす事を赦さない。
離れた地点から微動だにしないセルティにアルフレッドは首を傾げると、セルティを呼んだ。

「何してるんだい。君も見れば良いじゃないか。」

一切の濁りを含ませない純粋な眼差しが、セルティを射抜く。まるで子供の様だと思った。
否、彼はまだ国としては幼い方だ。イギリスや日本に比べれば、随分と歳若い。
そもそも、彼がセルティに対してごく普通に振る舞っていると言う事自体、セルティにしてみれば疑問に思えてならない。

(だって、ジョーンズは、イギリスのそう言う面を否定していたじゃないか。)

宇宙人だって非常識である筈なのだが、アメリカは、イギリスの持つ魔法や、妖精や、幽霊と言った部分を、全く以て理解しようとしなかった。
あくまでファンタジーでありフィクションであると言う点であれば、アメリカとて大して抵抗も無い。が、本物となれば話は別である。
それともセルティの事を“ちょっと風変わりな人間”だとでも認識しているのか。セルティには図れない。
ここに日本が居れば、「アルフレッドさん、実は怖がりなので、幽霊とかを信じないのは、否定しているからじゃなくて、存在したら怖いからなんですよ。」、と苦笑しつつもフォローを入れてくれただろうが、今アメリカとセルティの間に漂うのは、聊か気不味い空気だけだった。
埒が明かない。セルティは心の中で大きく深呼吸すると、出来るだけ画面を視界に入れないようにしながら、アメリカに近付く。

『ジョーンズ、私を覚えているか?』

PDAに打った言葉をアメリカに見せると、彼は怪訝そうに眉を顰めた。

「黒のライダースーツを身に付けた猫耳ヘルメットの人間なんて知り合いには居ないんだぞ。・・・でも・・・」

一旦言葉を切って蒼い空を見上げた青年は、再びセルティに視線を戻すと苦笑する。それは、ひどく大人びたような、置き去りにされた迷子のような、如何ともし難い笑みだった。

「昔、君と似た様な感じの人とは、確かに会った事があると思うぞ。それと同一人物だと言うなら・・・いや、同一妖精だと、言うんなら・・・」

会った事はあるだろうね、と、首を竦める。