【ヘタリア】 兄さんが消えない理由 ドイツ騎士団篇
黄色く薄汚れた紙に、青いインクで文字が書かれていた。
「・・・・これ・・・まさか・・・・・。」
「あなた様がかつてシベリアにおいでの時に書いておられたものでしょう。
ご確認いただけますか?」
ギルベルトは震える手で紙の束を受け取った。
(確かに・・・・あの時に俺が書いてた日記・・・・・。)
ざらざらした質の悪い紙、すぐにペン先から漏れるいやな匂いのするインク・・・・。
それでもあの時ギルベルトが手に入れることの出来た、たった一つの道具だった。
「それを持っていたわたくしどもの仲間が、昨年亡くなりましてな。」
ゆっくりと年長の男が話はじめた。
「あなたと一緒にシベリアの抑留地にいた者ですが、それをあなたにお返ししたいとずっと願っておりました。」
「俺と一緒に・・・シベリアに・・・・?誰だ?」
「アルフレート・クラウツィック。と言えば思い出していただけますか。」
突然、ギルベルトの脳裏に思い出がよみがえった。
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第2次世界大戦が終結した後、ギルベルトはソビエト連邦の指揮下の「国」となるべく、ドイツから連れて行かれたのだった。
ルートヴィッヒと引き離され、新たな体制の教育のため、ロシア=イヴァンに連れて行かれたモスクワで、ギルベルトは大戦中、一緒に戦った同胞たちが、流刑地シベリアへと送り込まれているのを知った。
「「待って!ギルベルト君!!どうして君がそんなとこへ行かなきゃならないの?!
君にはやってもらいことがあるんだよ!!お願いだよ!行かないで!!」
「お前が「そんなとこ」って言うようなひどいところへ俺の同胞は行かされてんだ!!
この戦争の責任をとれっていうのならな、「俺」こそ、そこへ行くべきだろ!」
イヴァンの上司に提出した志願書はあっさりと通った。
イヴァンが必死で止めるのも聞かずに、ギルベルトは極寒のシベリアへと向かった。
そこで捕虜として暮らしているものは、ほとんどが兵士か、逃げ遅れた異郷で暮らしていたドイツ人たちだった。
ポーランドやバルト海沿岸地域の住人や、つかまった日本兵などもいたが、それぞれの出身国別の抑留地で働かされるために分けられていった。
ドイツ人が留め置かれたところは、特にシベリアの奥地、開発の手がまったく入っていない、極北の凍土が続く果て地だった。
わずかな食糧に、過酷な労働。眠るための家すらない。
土で覆った木組みの小屋のようなものを組み、極北の寒さから身を守るために地下に居住区をつくり、明りとりの窓はガラスがなく氷を張った。
劣悪な環境の中、みんなで身を寄せ合い、互いに励ましあって暮らした抑留地。
しかし、寒さと厳しい労働、食糧の不足、病気になっても薬すら手に入らない。
仲間はばたばたと亡くなっていった・・・・・・。
一年をすぎたころ、もといた人数の半分も満たなかった。
「現代」の生活に慣れた人々に、中世のような、いや中世時よりもひどいシベリアでの生活は過酷すぎた。
ギルベルトは12世紀の暮らしを知っている。
身をもって体験している。
必死になって、現代の便利さからほど遠い、その生活の方法を思い出した。
それを抑留されている仲間たちに教える。
戸外での寒さのしのぎ方。マッチもないところでの火のおこしかた。
森の中にある燃料となるもの。食べられる野草。
水道の設備のないところでの水の浄化方法。
森林の中で、野生動物にあったときのしのぎ方。
狩りの方法と道具。
そして、修道騎士として知り得た薬草の知識。
贖罪のつもりだったが、ギルベルトがどういう存在であるかを知っても、誰ひとり
彼を責めなかった。
いっそ責めてくれたほうが楽だったのに・・・・・。
頑強な体をもつギルベルトだったが、少しずつ体は弱っていった。
高熱が続き、労働に行こうとする足が震えてうまく立てない。
それでも、仲間と一緒に森に木を切りに行った。
手に力が入らない。しだいに食べ物がのどを通らなくなっていった。
何度も凍傷にかかった皮膚は、赤黒くただれ、人であれば、きっと指がおちていたのだろう。やせ細り、幽鬼のように眼球がおちくぼみ、体中の肉と筋肉がそげおちた。
息をするのすら、困難になっていた。
(俺は・・・・・ここで死ぬのか・・・・・?
ああ・・・それも仕方ない・・・・ヴェスト・・・すまねえ・・・・・。お前の元に帰るって約束したのにな・・・・・・。)
体中に力が入らず、ついに起き上がれなくなったある日、イヴァンが現れた。
泣きながら、イヴァンはギルベルトに抱きついてきた。
「ごめん・・・・・!ごめんね!!ギルベルト君!!こんなに遅くなって・・・!!
こんなに・・・こんなになるまでほおっておいて・・!!」
イヴァンが泣きながら、仲間のもとからギルベルトをかかえて運び出そうとする。
ギルベルトは、仲間と引き離されるのが嫌で暴れて抵抗した。
「離せ!俺の仲間が一人でもここにいる限り、絶体に俺はここを離れないぞ!離せ!離せ――!」
しかし、弱った体は簡単に押さえつけられ、ギルベルトはシベリアの地から永久に連れだされたのだった。
粗悪な紙につづっていた日記は、抑留地に置いたままだった。
体がようやく動くようになった時、ギルベルトは仲間の行方を捜しまわった。
居留地を訪ね歩き、移されたという他の抑留置を訪ねた。
何人かは西ドイツへと帰ったはずだった。
しかし、「東ドイツ」となったギルベルトに、彼らの消息は知ることすら出来なかった。
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「アルフレート・・・・覚えてる・・・・。ちびだけど頑丈なやつで・・・・。」
「アルフレートはシベリアから解放されると我らが同志となりました。
私はアルフレートから、あなた様の話を何度も聞きました。
本当に・・・・・あなた様・・・ギルベルト・バイルシュミットという存在があるのだ、と彼が信じさせてくれました。
私たちは、待っておりました・・・・・。あなた様が「東」から帰られる日を・・・・。
しかし、アルフレートは待てませんでしたな・・・・。
あなた様のこの日記・・・・これをあなた様にお返ししてくれと言い残して亡くなりました。最後まで、彼はあなた様に感謝しておりましたよ。」
知らずとギルベルトの目から涙が流れ落ちていた。
そんなギルベルトを横目で見ると歳を取ったほうの男が言った。
「押しかけておいて、申し訳ないが、椅子をお貸し頂けるかな。ドイツ殿。
お話すべきことが沢山あるが、年寄りには立っているのが少々きつくてな。」
「これは、申し訳ない。すぐに用意いたします。」
ルートヴィッヒが花瓶を置き、椅子を二つ用意する。
「兄さんもベッドに戻ってくれ。俺は飲み物をお持ちする。」
「いやいや、おかまいなく。ドイツ殿。
そうそう、申し遅れましたな。わたしは、ヨハン・クロンベルク。
こちらの司教はカール・バッセンハイム。」
ギルベルトが紙の束を取り落とした。
「お前…・・クロンベルク・・・?!」
「兄さん?!」
作品名:【ヘタリア】 兄さんが消えない理由 ドイツ騎士団篇 作家名:まこ