Sweet kiss
特に何も思うところのなさそうな、それどころかわくわくと嬉しそうな表情で、セーシェルがそんな言葉を洩らした。
…
ちくりと胸を突き刺して痛みだすそれに見て見ぬ振りをする。
「したことありますよね、イギリスさんみたいな人ともなれば…!で、実際どうなんですか?」
興味津々といった具合にセーシェルが身を乗り出してきて、その目が期待するようにキラキラと輝くものだから、思わずその視線から逃れるように俺はまたそっぽを向いた。
「…さぁな」
…ひとを何だと思ってるんだ、こいつは。女遊びの激しい男だとでも思っているのだろうか。
飲みかけだった紅茶を手に取って一気に残りを口に含めば、生温くなった液体がのどを流れてほのかに渋みが舌に残る。
…
「もしかしてまだしたことないんですか!?」
カップを皿の上に戻すのと同時にセーシェルが驚きの声を上げて、おもむろに彼女の方へと視線をやれば食い入るようにこちらを見つめていた。
…ないわけがない。ないわけないのだけれど、なんとなく口にするにははばかられる。こいつの前で昔のどうこうなど言いたくなかったし、言ったところでまた何とも思わぬその間抜けな顔を見せつけられるにすぎないのだから。
「お前は?」
自分の話をこれ以上詮索されるのは御免被りたいと、俺はなんとなしにセーシェル自身にそう問いかけてみた。
こいつはどっからどう見ても男慣れなどしている女ではなく、当然男経験のひとつだってないだろうし浮いた話も聞いたことはない。答えは分かり切ってはいたが、少しばかり真実を知りたいような気持ちも心の隅にあった。
「ありますよ」
セーシェルが恥ずかしげもなく軽くそう言ってのけ、想像もしていなかった答えが返ってきたことに俺は思わず自分の椅子から勢いよく立ち上がっていた。その拍子に思い切り足を机にぶつけて、上に積み重なっていた書類がどさっと鈍い音を立てて床に散らばった。視界の端でひらひらと白が宙を舞う。
「…いっ…!!」
「あーあ…何やってんすか、イギリスさん」
セーシェルが呆れた声を出しながら席を立ち、そのまま俺の隣にまでやって来たかと思うと床に散らばった紙切れを一枚一枚拾い始めた。口ではぶつぶつと俺への文句を言いながらも、その書類にかぶった埃を払っては腕に収めていく。
「…し、したことあるのか?」
作品名:Sweet kiss 作家名:もいっこ