二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

群青

INDEX|3ページ/5ページ|

次のページ前のページ
 

「ええ。助かった船のうちの一つの荷物に紛れていたのですが、なにぶんあれだけの騒動だったもので、こういった信書の類は後回しになっていたようです。担当の者がもう少し気を利かせてくれれば良かったのですが」
「……という事は宛先は俺なんだね」
「ええ。王宮宛てとはいえ政治向きではないと判断されたらしく配送がかなり後回しになったようです。申し訳無い事ですが……差出人に心当たりは?」
「無くも無いが、……どうだろう……」
首を傾げると彼はそのささやかな包みを手に取り僅かに眉を潜めた。確かに担当の者は頭が回らなかったと言われても仕方が無い。無論多忙を極めていただろうから見落としていた事は十分に考えられるし、水に濡れる事を防ぐため油紙でくるんであるから見辛いのも確かだった。
だが、宛先がオベル王宮で「至急」の朱文字も入っているのだ。少しは優先してくれても良いではないか。
しかしその手紙を受け取った人は、微かに苦笑を浮かべたようだった。
「仕方ない。本当に至急の便りは時間のかかる船便など使わない、……よりによってオベルを支配する王家が。その辺の急ぎのものは昔と変わらないのだろう」
「ええ、ナセル鳥でしたか。土地によって少し種類は異なりますが、このオベルでも利用しています」
「だいぶ前一度飼育小屋を見せてもらったな。俺が昔見た事のあったものより一回りほど大きかった」
「……ラズリルですか?」
「そう。昔ね、懐かしい……しかし誰だろう、これは。差出人は聞いた事も無い名前だし、………」
彼は黙った。油紙を包んでいた紐がするりと床に音もなく落ち、がさがさと軽い音を立てて油紙がそれに続いた。
短い手紙。よく見れば便箋二枚程度だ。妙に厚く感じたのは、それが安価であまり質の良くない厚手の紙であるから、油紙であまりにも厳重にくるまれていたからだった。
簡潔にまとめられたと思しき文面に目を通すと、彼はどこかぼんやりとした表情で顔を上げた。そしてその手紙を拾い上げた油紙で丁寧にしまい直し、寝台脇の小棚に設えられた引き出しにそれをしまい込んだ。紐の存在は目に入っていない様子だった。
「悪いけど」
「はい?」
「少し出かける」
「え、……ですが」
「安心しろ、『あそこ』じゃない。ちょっと町の方へ行ってくる」
「町ですか……念のため護衛でも」
「俺に護衛か?」
「……分かりました。早めにお戻り下さい」
彼は返事をしなかった。その代わり、手紙を届けてくれてありがとう、手間をかけさせすまなかったと礼の言葉だけが返ってきた。

ばさりと天幕が翻る。抜けるような青い空、対する彼の衣服は簡易ながらも深紅の伝統衣装。広がる空の下まるで溶けるかのように、しかし彼ははっきりとした足取りで町へと向かっていった。
それをぼんやりと見ていた。床に落ちた紐に彼が気付かなかったのは珍しい事だと思いながら。彼はそういった細かい事にはとても気が付き気を配る人だったから。
視界から彼が見えなくなるまで後ろ姿を見送った。町の人々は驚くのではなかろうか、既に半ば伝説のようにすら語られている当人が露骨な王族服で街中を歩いて行くのだから。
そうやって歩いて彼はどこへ行くのだろう。
風が吹き、鼻腔を微かな馴染み深い匂いが掠めた。潮の香り。
ああ、彼の服は空よりもあの群青の海にこそ映えるだろうと漠然と思った。

『あそこ』というのは、先代フレア女王の墓の前の事だ。先々代リノ王が、苦労した特権だとか何とかで、基本合祀である王家の墓から彼自身と妻、将来的に中に入るであろう娘の墓所まで別の場所に決めてしまったらしい。
その場所に何があったか、知っている者は極少数だ。……かつて罰の紋章が封じられていた場所などと。そして群島の海が目の前に広がる景色の良い場所だった。
さすがに一般人が参りづらいのは困るという事で迂回にはなるが安全な通り道が作られた。それが悪かったのだろうか。
彼は、レザーラと呼ばれるその優しい人は、ずっと姉の墓の前で歯車を握りしめ涙をぼろぼろと零していたのだ。最初は絞り出すような絶叫に近く、耳を塞ぎたくなった。やがて彼はおとなしくなったが、泣きながら魂が抜けたように毎日毎日そこに座りこんでいたものだ。
ろくに食事も取らず、迎えに行った者が彼の腕を取り王宮まで引っ張り戻すまで。王宮に戻ると彼は脱力したかのようにぐったりと部屋の長椅子に伸びてしまい、涙こそ流さないがどこか魂の抜けた様子で手の内の歯車を弄り続けていた。
彼がようやく立ち直ってきたのは一月近く経過した後だ。面倒かけてすまなかった、そう呟きながら彼は墓へ通うことを……やめはしなかったが、普通に白い花などを供えてすぐにふらりと戻ってくる。普通の墓参だった。毎日でもなく、数日に一回。まだ少しぼんやりとしていたが、それでもようやく持ち直してきたのだと安堵している者は多かった。
彼の哀しみは悲痛な感覚を見ている者達にも及ぼしていた。レザーラの辛さを彼らは共有できない。むしろ彼は、自分達がが命を落とした時にも同じように悲しむ事だろう。
寿命のない辛さ。本人は自業自得だと苦笑したが、その淡い笑みの裏にある感情を自分達は理解することができない。
祖母の墓の前で号泣していた姿は、ある意味彼の内面の一部が発露した姿であったろうが、そこに至るまでの彼の苦しみや悲しみは誰にも理解できないのだ。……いずれは自分達も彼を置いて行く立場なのだから。

レザーラ様が帰ってきていません。そう言われたのはもうずいぶんと夜更け、そろそろ日付も変わるであろう頃合いだった。
とりあえずめぼしい所をすぐ探すように、しかしあまり騒ぎになっても行けないから人員は最小限に、そう命令してから彼は立ち上がった。陛下、あの方は大丈夫ですよね、そう気弱そうに呟いたのは補助を務める事務官だ。
彼の意図する所を察して、若い国王は自分に言い聞かせるように呟いた。
「あの方は強い方だ。……罰の紋章を無駄に開放してしまう事などなさらないだろう」
「そう、ですよね」
しかし今更。彼は落ち着いてきているように見えた。いい加減現実に目を向けなきゃね、そんな事を言いながら苦笑しつつ外からくる風に吹かれていた。一体どうして、そこまで考えてふと思い出したのがあの油紙に包まれた手紙だった。
「すまない、少し……原因に心当たりがある」
「えっ」
「彼の部屋へ行ってくる。捜索は引き続き続けてくれ」
オベルは小さな島国、とはいっても人もまた小さく夜の闇の中紛れる場所はごまんとあった。執務室を出ようとした彼に届いた最初の頼りは、レザーラは『例の場所』にはいなかった、物陰を探してみたけど人の気配すらしなかったという事だった。
そうだろう、彼はもうあの場所にかけた悲しみをある程度克服している。原因はきっとあのラズリルから届いた手紙だ。
……そういえば彼はラズリルで育ったと聞いた。彼の本当の名前を、彼らは知らない。祖母が存命であった頃、見知らぬ名の人物から手紙が届く事がままあった。あれは明らかにレザーラの偽名であったろうが、本名と関連性があるかどうかも語らぬまま祖母はこの世を去ってしまった。
作品名:群青 作家名:滝井ルト