籠を発つ鳥
「そうだ。オマエの、王族としての”隠し名”なんだけどさ」
「え、まだ仮の形なのに…」
王族には魔除けの意味も込め、自らの持って生まれたものとは逆の性別の名を”隠し名”として付けられるのが昔からの習わしだ。
「アルシオーネ、だって。父上が考えてくれた」
「国王様が…」
「形式上だけであっても、子供が増えるのは嬉しいって。一晩寝ないで考えたんだって」
アルフォンスくんがそう言って、ふわりと笑う。
エドワードさん達の母君…僕の伯母にあたる女性は、一昨年の冬に病で亡くなっている。
図らずも、彼女の双子の妹である、僕の母と同じ病だったそうだ。
「今は執務で時間が取れないけど、後で父上も必ず顔を出すから、そう伝えて欲しい、って」
「そう、ですか…」
なぜだか、ぞく、と肩が震えた。
「それと───侯爵は、領主の任から解いてもらった」
少し言いにくそうに、エドワードさんがぽつりと話す。
「そう、ですか」
「別宅で病気の療養、っていう形を取って。監視を付けて、屋敷からは一歩も出られないようにしてる」
自分の子供を監禁し暴行を繰り返した罪人ではなく、あくまで病を患った人として。
そう扱って貰ったことに、なんだかほっとした。
「ありがとう、ございます」
だって僕は、あれだけ酷いことをされた今でも。
不思議なくらい、あのひとへの恨みや憎しみが沸かないんだ。
「しばらくは、あの領内を他の者に見て貰うことにしてる」
「他の方、ですか?」
「ああ。…アルフォンスはオステア侯爵、知ってるか?」
オステア侯爵…ああ、あの方か。
長く王宮に勤めていて、国王様からの信頼も厚い貴族の一人。
むかし一度、奥方と一緒に母の見舞いに来てくださった記憶がある。
「はい、一度お会いしたことが。…あの方なら、安心して領民も任せられますね」
「そうだな。…状況や爵位の関係から見れば、隣の領内を見てるサリアンに任せるべきなんだけど…ここ何年か、背後が怪しいらしくてさ」
「サリアン公爵が…?」
「未確認だけどな。…だから、父上は敢えてオステアを任じたらしい」
ひとを疑ってかかるのは、あんま好きじゃねぇんだけど。
そう言って、エドワードさんは少し寂しそうに笑った。
「とにかく今は、ゆっくり体を休めて。全てはとりあえず、その後だ」
「───はい」
そう言ってエドワードさんは、器に残っていた最後の桃の一切れにフォークを突き刺した。