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籠を発つ鳥

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4.












僕が王宮での生活で最初に頼んだこと、それは自分の髪を切り落とすことだった。
あのひとは僕に少しでも多く母の面影を見いだしたかったのだろう、彼女が亡くなってから髪を短くすることを禁じていた。
だから僕の髪は背中を覆い隠すほどに長くなっており、後ろ姿だけ見れば少女のようにも見受けられたのだ。
大人に頼むことも出来ず、自分では上手く切れないから、と言った僕に、彼女は快く引き受けてくれた。



「───アルの髪と、似てるわね」
椅子に座った僕の髪に少しずつ鋏を入れながら、彼女は言う。
「二人とも、お母様に似た顔立ちだからかしら。エドよりも柔らかくて」
「ああ、そうかもしれないね。僕の髪は癖がつきやすいんだ」
エドワードさんの髪はまっすぐで、結い跡も殆ど残らないほどしなやかだ。
「あたしは、どちらかというとエドの髪質に似てるのよ。あたしの方が、少し髪が細いんだけど」
「リィもエドワードさんも、綺麗な髪してるもんね」
「そう!あいつ腹が立つくらい綺麗な髪よね。自分じゃ碌に手入れもしてないのに」
「…じゃあ誰が」
「決まってるじゃない、アルよ。あいつら今もずっと、一緒にお風呂に入ってるんだから」
ブラコンもいいとこよね、と笑う彼女に、僕は小さく笑って返す。
「僕、きょうだいいないから判らないけど…ずいぶんと仲がいいんだね」
「ラッセル達に聞いてみたけど、この年になってまでそんなことはしないって言ってたわよ」
聞き慣れない名前に、僕は首を傾げた。
「ラッセル…?」
「ああ、庭師のトリンガムさんのところの子よ。お兄さんがラッセルで、弟がフレッチャーっていう名前なの。…そうね、ラッセルはアルフォンスと同い年だし、気が合うかもしれないわ」
「そっか、会ってみたいな」
「あら、ホントに?じゃあ呼んじゃおうかしら」
そういうと彼女は鋏を手にしたまま窓に向かって歩いていき、かたんと開けて外に顔を出した。



「───ラッセルー、フレッチャー!アルフォンスがあんた達に会いたいって!一緒に上がってきてよ!」
ややあって、わかった、という子供の声が返ってくると、彼女がぱたんと窓を閉め戻ってきた。
「ちょっと待ってて。すぐに来ると思うわ」
「…下にいたの?下って確か、薬草作ってる温室じゃ」
薬草を作る温室の管理は、典医と専属の薬師が行っているというのを聞いたことがある。
当代の薬師は彼女の母親で、典医はその夫、つまり彼女の父が任じられていたはず。
いくら庭師の子供とは言っても、そんな場所に容易に立ち入ることはできないだろう。
「あいつら、庭師兼薬師見習いなの。今はうちの母さんに付いて、薬学を学んでるから」
「それで、温室に」
「そういうこと」
にっこり笑って再び鋏を構え、しゃきしゃきと髪を切り落としていく。
だんだん頭が軽くなると、不思議と気持ちも軽くなってくる気がした。




作品名:籠を発つ鳥 作家名:新澤やひろ