籠を発つ鳥
「───アルフォンスは、ウィンリィがすきなのか?」
エドワードさんに突然そんなことを言われたのは、僕が彼女と最初のキスをした次の週。
午後の日が差す、エドワードさんの部屋で、アルフォンスくんの淹れてくれたお茶を3人で飲んでいたときだ。
「え、な、何で、急に」
思わず僕が狼狽えたのも無理はないと思って貰いたい。
「アイツ、黙ってたら可愛いもんなぁ」
「兄さん、そんな言い方ないでしょ」
「黙ってたらって、そんな!」
笑ってくれるだけで、周りまで明るくしてくれるような雰囲気の彼女。
「…明るくて元気なところが、可愛いのに」
それに、彼女はとても優しい。
寂しいんだと泣きだした僕を躊躇うことなく抱きしめてくれた腕の温かさを、今でも憶えてる。
「……じゃあ、好きなんですか?」
改めてアルフォンスくんに問われて、言葉に詰まる。
確かに僕は彼女が好きだし、彼女だって僕を好きだと言ってくれた。
「───好きだ、とは思うよ。だけど…」
彼女のくれる”好き”が、僕のあげたい”好き”と一緒とは限らない。
それに僕は───。
「…僕にはきっと、誰かを大事に愛してあげることなんて、できないと思うんだ」
他人との接触を恐怖としか思えないような、僕では。
未だに僕は、エドワードさんやラッセル達以外と、目を合わせることすらまともに出来ない。
「それに…この体じゃ、無理ですよ」
「…なあ、アルフォンス」
不意にエドワードさんは口調を改める。
「オマエまさか、自分のこと汚れた体だって思ってるのか?」
「……っ」
まっすぐな言葉が、ずきりと胸に刺さる。
それはずっと、僕の中に渦巻いていた気持ちだ。
アルフォンスくんは何か言いたそうだったけど、エドワードさんの次の言葉をじっと待っている。
「自分が誰かに…オレ達やウィンリィに触ったら、自分の汚れた部分がうつるんじゃないかって…そういうふうに、考えてるんだろ?」
情けないことに、じわりと視界がゆがんでくる。
「だって…っ」
「───ばかだなぁ」
とっさに言い訳しようとした僕を、苦笑いでエドワードさんは遮る。
そして、ぎゅう、と抱きしめられた。
「…オマエが汚れてるって、いつ誰が言った?」
「エドワードさん…」
「もしそんなヤツがいたなら、呼んで来いよ。オレとアルで、タコ殴りにしてやる」
「ウィンリィだって、すっごく怒っちゃうだろうね」
藻掻く僕をものともせず、エドワードさんはアルフォンスくんの言葉に頷くと、ぽんぽん僕の背中を撫でた。
「───確かに、侯爵に酷いことされてたのは事実だ。オマエのこと乱暴して、鎖で繋いで…挙げ句の果てに、地下室に閉じこめて」
並べられた言葉に、びくりと身を竦ませる。
今は明るい日差しの差し込む部屋の中にいるけれど、ほんの一ヶ月ほど前までは暗い地下の座敷牢にいた。
感情も伴わない、苦痛しか残らない行為を、何度も強いられて。
心配を掛けたくなくて言えなかったけど、今も毎晩のようにあの時の夢を見る。
「だけど、それでオマエが汚れてるって思うのは、オレちょっと違う気がする」
「…どう、いう」
「だってさ」
少しだけ体を離して、エドワードさんがまっすぐ僕を見る。
「オマエは、ちゃんと笑って、考えて。逃げずに前を見て、歩こうとしてるじゃねぇか。…そういうヤツは、汚れてるって言わないんだぜ」
短くした髪をくしゃりと撫でられて、僕はぎゅっと唇を噛んだ。
長いこと、そんなふうに撫でて貰ったことなんてなかった。
「こんだけ頑張ってるオマエのこと、汚れてるって言うヤツがいたら。…オレ達が、絶対許さない」
「…エド、ワードさ…っ」
堪えきれなくて、しゃくりあげた。