喪失と再生のソネット
村に、雨が降った。
冷たい、すべてを洗い流す雨。
あちらこちらに付着した血を清めるがごとく大地を濡らす、雨。
雲雀が辿り着いた時にはもう、村は原形を留めていなかった。
…手遅れだった。
村に降り立った雲雀は綱吉を捜す。
足下には屍の山、山…むせかえる死臭に顔をしかめながら、雲雀はひたすら捜す。
すると、一段と大きい屍の山が見えてきた。
そしてその前には生きた人間。
「綱吉、」
呼びかけると綱吉は視線だけを雲雀に向けた。
血に濡れたオレンジ色の瞳が儚く揺れている。
「…ひ、ば…さ」
雲雀の姿を確認して力が抜けたのか、綱吉はずるずると地に崩れ落ちてしまった。
「綱吉っ!!」
慌てて駆け寄る雲雀。寸でのところで綱吉を受け止めた。
「…綱吉」
「ご、めんなさ…っ」
倒れた綱吉は唇をきゅ、と噛み締めて雲雀に手を伸ばす。
その手を、雲雀は力強く握り締めた。
「オレ、がもっ、と…」
「君は悪くない…すべて僕が…っ」
雲雀の言葉に綱吉は首を横に振る。
「ひばりさ、のせいじゃなっ…」
綱吉は微かに灯った瞳で雲雀を見つめた。
「ずっと…ずっと一緒、にいる…て約束し、たのに…な」
ぽろり、琥珀色の瞳から涙が零れ落ち、雲雀の服を濡らす。
「ひばりさん…オ、レ…」
ゲホッ――口から大量の赤い鮮血。
「もう喋らなくていいっ…」
傷口を押さえても流れ出る血が、大地を赤く染め続けた。
雨は容赦なく、二人に降り続けている。
「オレ…ま、だ死にた、くな…」
「死ぬもんか、君は死なないよ…っ」
安心させようと言葉を紡いでも語尾が震えるのを隠せない。
流れ続ける血。降り続ける冷たい雨。
…だんだんと奪われていく体温。
今まさに、この腕の中で一つの命が終焉を迎えようとしている。
雲雀は見えない恐怖に怯えた。
そして思い出す。
人の儚さ、綱吉と自分の違い…。
いかないで、いかないで…僕だけを闇に置いて、逝かないで――
「ひばり、さ…」
「…何?」
泣き出しそうな雲雀に、綱吉は弱々しい笑みを浮かべ、雲雀の頬に手を添えた。
「また、逢えたら…」
今度は――
「…ずるいよ」
頬に添えられていたはずの手は力尽き、静かに大地へと落ちた。
雲雀がありったけの力で抱き締めても、もう二度と、背中に腕は回らない。
まだほんのりと、腕に綱吉の温もりが残る。
けれど、固く閉じられた瞼に、二度と開くことのない瞳に、綱吉は逝ったのだとはっきり告げられた。
…ただ独り、雲雀をこの大地に置き去りにして。
「ずるい…よ」
身体が痛い。…心が、痛い。
もう二度と、雲雀が好きだった笑顔、あの声を見、聴くことができない現実が、ゆっくりと雲雀の心を身体を蝕んでいく。
雲雀はただ、彼の冷たくなった躯を抱き締めることしか出来なかった。
人間の儚さ、脆さ、危うさ、すべてを抱えたまま…なんというあっけない人生を人は送るのだろう
。雲雀はただただ、己の寿命の長さ、共に終えられない人生を恨むことでしか、この悲しみを晴らせなかった。
切れ長の黒い瞳からは一筋の雨粒。
雲雀は乱暴に目元を拭い、少年を抱き抱えたまま、その場から姿を消した。
作品名:喪失と再生のソネット 作家名:雪兎