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ふざけんなぁ!! 1

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5.不幸は続くよ、どこまでも♪  中編







家を飛び出した後、帝人はひたすら池袋の大きな道を選んで駆け抜けていった。

自分が向かう家出先なんて、正臣が住んでいるマンションしか思いつかない。
彼も現在親元を離れ、池袋で一人暮らししているし、静雄はまだ正確な住所を知らない筈だから、今晩ぐらいは安全に休めるだろうと思っていたのに。
甘かった。

「みぃぃぃぃぃぃぃぃかぁぁぁぁぁぁぁぁぁどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ ! !」


そう背後から、地獄の底から響くような怒鳴り声が聞こえてくる。
静雄がもう追いついてきたのだ。


(ひぃぃぃぃぃぃぃ ! !)


鈍足な上、怪我している今の自分では、彼の怒涛の追撃をこのまま振り切って逃げ延びるのは無理だろう。
慌てて隠れ場所を捜し、たまたま直ぐ近くにあった狭いビルとビルの狭い隙間に飛び込めば、小石にけ躓いて、ぺしゃっと前のめりにすっ転ぶ。
それが幸いし、そのままどすどすと静雄が地響きをたて、追い越して走り去っていく。
でも、あばら骨が折れている今、この転倒は別の意味で致命的だった。



「………く……、ふぅううう、………」
歯を食いしばっても、ぼろぼろと勢いよく涙がこぼれていく。

(ああ、もうヤダ、もうヤダ、もうヤダ、もうヤダァァァァァァ ! !)

今日は学校を今すぐにでも辞めろと言われ、大人七人と戦った精神疲労も凄まじいのに、体は痛いし、生まれて初めて成人男子の全裸なんか見ちゃうし、静雄が追いかけてくるし。

一杯一杯だった彼女の辛抱の糸が、ぷちんと切れても仕方がなくて。

歯を食いしばり、嗚咽を耐えながら、ポケットの携帯を引っ張り出して、馴染みのボタンをピピッとを押す。
帝人が唯一暗記している、正臣の番号だ。

早く、早く出て……と、急く願いは叶い、3コール目に『あー、帝人。どうしたぁ?』と、幼馴染の飄々とした声を聞けて、胸がじんわり安堵に熱くなる。
後はもうなし崩しだった。

勢いを増した落下する涙と同時に、堪えていた嗚咽もどんどん激しくなる。

「ふうううう、あああああああああ、正臣ぃぃぃぃぃぃぃぃ、痛いよぉ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ ! !」

携帯を握り締めて絶叫してしまった。
耳を押し当てている受話部分から、正臣がひゅうっと息を呑む音が聞こえる。


『……み、帝人ぉ !? ちょっとお前、今どこ!?……』
「静雄さん家のすぐ傍の裏道。でももうヤダもうヤダもうヤダ、痛いよぉぉぉぉぉぉ、正臣、痛いぃぃぃぃぃぃ、うあああああああああああ、痛いよぉぉぉぉ、正臣ぃぃぃぃぃぃ ! !」
『俺直ぐ行くから、おい、しっかりしろ帝人ぉぉぉぉぉ ! !』


優しい彼の言葉に、もう押さえが全然利かなくて。
箍が外れた彼女は、地面に顔を伏せ、子供が母親に抱き起こしてもらうのを待つような勢いで、わんわんと声をあげて泣き続けた。

「おい、お前大丈夫か!?」

尋常じゃない少女の泣き叫ぶ声に驚いたのか、知らない男性が駆け寄ってきて、帝人を抱き起こす。
だが、持ったところが最悪だった。
肩は兎も角、胸の真下に腕を回すなど、モロに骨が折れている部分である。

「正臣、まさおみぃぃぃぃ、うわあぁぁぁぁぁんあんあん……痛いよぉぉぉぉぉぉぉ……」
『帝人、しっかりしろ帝人ぉぉぉぉぉ!!』
男が、握り締めていた携帯を、ひょいっと取り上げる。
「お前紀田か? 俺だ、門田だ。この娘どうした? 変な所で倒れてたが」
『すいません、そいつあばら骨七本折れてんです。俺、もう直ぐ着きますから、そのまま保護しててください』
「判った。しかしこりゃ、酷いなぁ」


道端に座らせた後、ため息混じりにポケットからハンカチを取り出し、右の膝小僧にくるくる巻いてくれる。
どうやら帝人も気づいていなかったが、転び方も最悪だったらしく、両膝と両肘、それに手のひらの皮がずる剥けて、血が一杯流れている。
もう片方の膝にも、何かの布を巻いてくれた後、泣きじゃくる帝人を軽々お姫様抱きにし、持ち上げた。

「おい渡草、ドア開けろ」
その時だった。


「てめぇ門田ぁぁぁぁぁ、俺の帝人を泣かせやがって、どう言う了見だぁ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ?」
背後には、引き抜いた【止まれ】の標識を振りかぶる、鬼になった静雄がいた。
虚を突かれ、帝人を抱く腕が瞬時に強張り固まっている。
このままでは、この親切な人が、静雄の暴力の餌食である。
習慣とは恐ろしい。
二ヶ月の間に培った、帝人の脳内に構築された、『アンチヤバイ静雄プログラム』が勝手に作動する。

「静雄さんが、全裸で私の前に飛び出てくるから悪いんじゃないですか。最低です ! !」

そう泣きじゃくりながら叫んだ途端、振りかぶった標識がすっぽ抜け、静雄の頭に見事に直撃した。

「俺の清らかな妹に、何してくれやがったこのド変態野郎 ! !」
其処にすかさず、正臣怒りの延髄蹴りまで綺麗に決まり、かくして静雄はそのまま、前のめりになって池袋の街に轟沈したのだ。


★☆★☆★

「いやぁ、こんな情けない自爆で、『池袋最強』の不敗伝説が、あっけなく幕を閉じるなんて。実に意外でしたねぇ~」(by 遊馬崎ウォーカー)
『少年がゴジラを見て、その桁違いの強さに憧れてた……、そんな俺の感動を踏みにじって幻滅させやがって、どう落とし前つけんだ、ああああ?』(by 粟楠会の四木)


★☆★☆★


盛大に地面にすっ転び、折ってる骨を再び痛めた彼女は発熱した。
静雄も、自業自得で頭というより心が喪失し、池袋の街中でうつぶせになって倒れている。
門田や遊馬崎や狩沢が、いくら揺さぶっても彼の放心状態は解けなくて、あの少女に「最低です!!」と叫ばれたショックの大きさの程が伺える。

「……あー、とりあえず、その子を病院に運ぶか……」
「できれば岸谷新羅先生の所にお願いします。あの人が現在、帝人の主治医の筈です」

熱が上がってきたのか、目の焦点がおかしくなりだした帝人を両腕に閉じ込め、正臣がぎりぎりと静雄を睨みつける。

「後、そこの変態露出狂と、田舎育ちの純粋培養、そんな無垢な俺の帝人を同乗させるなんて、絶対にゴメンですから」

かんかんに怒っている彼の剣幕に、誰も勝てなかった。
それに紀田の妹が静雄に襲われたというこの現実。
(……自動喧嘩人形なんて呼ばれてるが、こいつは結構純情で一途な奴だった筈なんだけどなぁ……)
高校時代からの知人なだけに、今更性犯罪者になり下がるなんて、門田自身の頭が認めるのを拒否しているのだ。
でも、あの時少女が叫んでくれなかったら、標識は自分に命中し、きっと今頃渡草の車で、病院に担ぎ込まれる事になっていただろう。
そう思えば、帝人という少女は、自分にとって恩人という事になる。
静雄は見たところ、外傷はなさそうだし、ここは怪我人を優先しても構わないだろう。

「すまん静雄。帝人ちゃんの治療が終わったら連絡するからな」

申し訳なく思いつつも言い残し、轟沈したままな静雄を見捨て、渡草のバンは無情にも立ち去った。



一方、取り残された静雄は、実際門田の投げかける声なんか、全く一切聞いちゃいなかった。
あまりにショックだったのだ。
帝人があんなに、子供のように泣き叫ぶなんて。
作品名:ふざけんなぁ!! 1 作家名:みかる