ふざけんなぁ!! 1
足音が増えたのは、人手が増えたせいだろう。
気の毒にもA組の生徒全員が巻き添えを食って、バーテンの背後を必死になって追いかけていった。
人海戦術に切り替えやがったのなら、いくら【灯台元暗し】で、ここに隠れていたとしても、帝人が見つかるのは時間の問題だろう。
生唾をこくりと飲み込み、手短に今までの経緯を簡単に説明する。
あの日。
正臣と会えなかったので、とりあえず今後住むことになったアパートに向ったのだが、そこは瓦礫しかなくて。
泣きじゃくっていたら、棲家を壊してくれやがった張本人が「責任を取る」と叫んで、自分を自宅にお持ち帰りしてしまい、以降なし崩しで彼の家に下宿(というか、間借り)させて貰っているのが現状だ。
正臣に苦情の一つ二つ言ってやりたかったが、静雄の家にパソコンは無く、携帯からチャットルームに行くには、今後の財布事情を思うと、無駄な出費が一つもできなくなった帝人にとり、パケット代すら惜しい有様で。
こうなったら一刻も早く、新しい住処とパソコンを確保して、再出発を頑張ろうと望んでも、同居初日に起こったある事件を境に、態度が豹変してしまったあの人が、帝人を手放すポカをする訳はなく。
ネットカフェどころか勝手な外出は禁止、現在は持っていた携帯すら取り上げられてしまって、代わりに自分が用意した『平和島静雄』しか登録されていないGPS付のを持たされている状態だ。
「………何があった?………」
「普通さ、お出かけ着を着たまま、夜寝る女の子って居ないよね」
「……まぁな……」
野郎なら、それこそジーパンにTシャツ姿で何処にでもいけるだろうが、修学旅行すら行ったことが無い帝人にとって、これが初めての『遠出』で、しかも憧れの大都会『東京進出』だ。
三年ぶりの幼馴染に会うだけでも、彼女なりに気合を入れておめかしした結果、『お前は今から何処でピアノの発表会をするんだ?』 ってなぐらい、静雄に持ち帰られた時点では、ピントがずれた清楚なお嬢様姿だった。
真っ白なブラウスと、ピンク色で丈の長いワンピースを、皺にならないように脱いでハンガーにかけ、下着姿で静雄から借りたベッドで眠る事になって。
ほぼ初対面な金髪さんに、寝巻き代わりになるものを借りられなかった消極的な自分が悪かったと言われればそれまでだけど、散々泣いて泣き疲れてくたくただったから、夜の八時には爆睡していたと思う。
しかもそんな早い時間に眠りに落ちれば、深夜に目が覚めるのは当たり前で。
また朝から昼ごはんも抜き、何も口にしていなかった彼女はとても空腹で、時刻は真夜中の四時だったけど、糧を求めて台所に忍び込むのは仕方なかったと思って欲しい。
カタコトと、物音を極力立てずに冷蔵庫を物色したが、流石に男の一人暮らしだ。
カビかかった食パンとトマトケチャップにスライスチーズ、干からびたピーマンとくてくてにしなびた人参、古くなって燻製化したベーコンしかない。
となれば、おのずとメニューは決まる。
ピザ・トーストにした。
マンションの窓の外から入る、きらびやかな街の明かりのみを頼りに、静かにせっせと見るからに危ない食材を殺菌処理する為、レンジでチンしようと足取り軽くオーブンの蓋を開けた正にその時だった。
「何してやがる、コソ泥がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
すざまじい怒声と同時に、三人が余裕で座れるソファーが垂直に飛んできて、帝人の体に直撃した。
声を上げる暇なんて欠片もない。
横殴りに吹っ飛ばされ、勢い良くシンクの端まで転がっていった自分は、起き上がれもしなかった。
静雄はその後、のっしのっしと裸足のまま壁に向い、ゆっくりキッチンの明かりをつけたのだが、ソファーの下敷きになっている帝人の姿に気がついたらしい。
暫く呆然自失の状態で、声も出せないまま佇んで。
「あ、お前……そういやいたっけ。……ああ、俺の勘違いだ。悪かったな、大丈夫か?」
んな訳ないでしょう!!と喚きたかったが、重い家具の直撃の痛みに胸を押さえ、息もろくに吸えぬまま、ボロボロに泣くしかできなくて。
彼も蒼白の状態で、ネジがきれたブリキ人形のように、ギクシャクした動きでソファを片手でどけてくれたのだが。
「な……、お前、なんつー格好してんだぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ!!」
絶叫したかと思ったら、またソファを落としやがった。
よりによって帝人の真上にだ。
「うあっ……ぐぇほっ!!」
再び襲った衝撃と痛みに、ますます涙を撒き散らしながら悶絶すると、今度の彼は、ソファを壊さん勢いで振り上げ、壁に向って放り投げた。
「すまねぇ、大丈夫か!!」
そして彼は、床と帝人の体を汚している真っ赤なものを見つけ、更に青ざめた。
「血!? 怪我!! 新羅ぁぁぁぁぁ!! セルティィィィィィィィ!!」
意味不明な呪文を喚き散らしながら、下着姿な帝人を抱えるようにして持ち上げ、勢いよくブラとタンクトップを引きちぎって捨ててしまう。
そして帝人のささやかな膨らみしかない真っ白な生乳は、煌々と明るい照明器具の元、初めて異性の目に晒される事になって。
「……怪我じゃねぇ……、何だこりゃ、………ケ、ケチャップじゃねーか!?」
おろおろと挙動不審に手足をぱたつかせた後、彼は帝人を床に投げ出し、がばりとその場で土下座しやがった。
「お前………、朝飯を作ってくれようとしてたのか。あああああああああああ、マジゴメンな、俺、本当に申し訳ねぇことしちまって……。こんなの俺、初めてだしよ……。美少女がパンツ姿で俺の為にメシ……なんて、どれだけ男のロマンだよ畜生ぉぉぉぉぉぉぉぉ……」
真っ赤な顔をして、ぶるぶるがたがたと感動に震える彼には悪いが、あえて言おう。
誤解だ。
帝人は本当に着る物が無かった上にお腹が空いていただけで、黴が生えかかり、古くなりすぎた食材をそのまま食べて腹を壊すのが心配だったから、調理せざるをえなかっただけ。
そして静雄は慌てて自分が着ていた黒いスエットの上を脱ぎ、すっぽりと帝人に被せてからお姫様抱きにした上、いきなり夜の池袋の街へ、ダッシュで疾走していったのだ。
行き先は彼の主治医らしきお医者さんの元だったらしいが、もうその頃には彼女は痛みと裸を見られた羞恥で気が狂いそうになっていて、とっくに気絶という名の夢の世界へと旅立っていた。
記憶に全く無いが、医者が下した診断結果は、左胸のあばらに若干のヒビ。
骨折すると熱が出るのは本当で、お陰でそれから一週間、解熱剤を服用していても、高熱が頻繁に出て大変だった。
それでも何とかお世話に一応なっているからと、静雄の家の家事手伝いを、できうる限りに寝たり起きたりを繰り返しつつ、頑張ってやっていたら、彼はことごとく変なほうに誤解を繰り返していき……。
結果、帝人が知らない間に、彼女は静雄の脳内では、彼に猛アタックをかけてくれた純情可憐な恋する少女となっており、その熱意に負けた彼は、十六になったら帝人を幼な妻に迎えると、とうとう決断してくれやがりやがったらしい。
「……もう、乙女の生乳見たら、即責任とって結婚って、どれだけドリーマーだよって、呆れ半分諦め半分で……」
「うん」
作品名:ふざけんなぁ!! 1 作家名:みかる