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ふざけんなぁ!! 1

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3.俺、婚約者ができました♪




『寝言は寝て言え』


そう、静雄にきっぱりNOと言ってやれる勇者が、果たしてこの池袋に存在するのだろうか?
卑怯者と罵りたくば、勝手にしろ。
俺は我が身が可愛いいし、静雄は仕事上の大事な俺のボディガードだ。

今までの良好な関係を、拗らせたくない。
だから、どんなに少女が可憐で、庇護欲をそそる小動物みたいに可愛い外見と裏腹に。
弱者特有の秀でた知恵を隠し持ちつつ、静雄という強大な暴力に立ち向かい、健気に日々生きていると知ってしまったとしてもだ。
絶対に、表立って助けてやれないんだよ。


ごめんな帝人ちゃん。
俺達池袋の住人はきっと、君の尊い犠牲に感謝と爆笑の涙を捧げるだろう。
だから、こんな汚い心な大人を許してくれ。


【真実を知ってしまった後、行きつけの露西亜寿司に駆け込み、腹を抱えて笑いながら店主とサイモンに懺悔した、田中トム氏の言葉より抜粋】



★☆★☆★



トムが初めて彼女と出会ったのは、夕暮れに染まる池袋の街中だ。




小柄な体な癖に、服とお揃いの黒と白の布地で作ったと思わしき、大きなマイバック(エコの為に店が提供するビニール袋を断り、自前で準備するショッピング後のお持ち帰り用布袋)には、よくこんなに持てたものだと感心する程食材を詰めていた。
よろよろと今にも道端で生き倒れてしまいそうな怪しい足取りで歩いていた彼女は、その後ろを黄色い布を体にまいた三人のチンピラ達がつけていた事に、全く気がついていなくて。


「ああ、こりゃ明らかにカツアゲコースだべ。お母さんのお使いしている中学生の女の子にまで触手を伸ばすなんて、不況の影響かねぇ。この世の中どうなっちまっているのか、可哀想に……」
と、トムの頭に少女の暗い未来が頭に浮かんだ途端、自分の真横で缶コーヒーを飲んでいた静雄が、まっしぐらに駆け出していった。


「てめぇらぁぁぁぁぁ、俺の帝人になんか用か? ああああああああ??」



茜色した空に、三人の犯罪未遂犯どもが静雄に殴り飛ばされ問答無用に消えていった。
それでも、彼女は自分の頭の上で行われた騒動に気づかずに、よろよろと前を歩くスピードも緩めない。

「……おい、帝人ぉぉぉ……」

背後から、静雄が彼女の広いおでこをがしっと鷲づかみにした。
にぶにぶの少女は、ようやく振り向きざまに金髪のバーテンの姿を理解したようだ。


「……ああ、静雄さんだぁぁ……、えへへへ……、ういなぁ♪……」


彼女は満面の笑顔をにっぱりと浮かべ、右手でVサインを作った後、そのまま横にゆらりと崩れ落ちた。

静雄が慌てて受け止めた腕の中で、幸せそうにニコニコしたまま、夢の世界へと旅立ってしまっている。
所謂気絶だ。
トムの目も点になる。
この電波な少女は一体何なんだ?


「と、トムさん、帝人が熱い………きゅ、救急車ぁぁぁぁぁぁぁ!!」


お姫様抱きにするが、大量の荷物がかさばって、旨く持ち上げられないようだ。
少女は意識がない癖に、買い物バッグはしっかり握り締めてて放さないし。

「お、落ち着け静雄。この子はお前の知り合い?」
「俺の婚約者っす!!」
「はぁああ?」


(まてまて、相手は中学生ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!)

トムの頭の中はパニックに陥った。


★☆★☆★


とりあえず、会社の事務所にお持ち帰りしてみた。
休憩室のソファに転がし、救急箱の体温計で熱を計れば、見事に38度を超えている。


「……ったく、帝人ちゃんよぉぉぉぉ。俺、確か今朝言ったよな?……ちぃとお熱が出てるから、今日は一切外出禁止だって……」
「でも、お薬飲んだら平熱になったし。それに静雄さん昨日、たまには家庭料理のホワイトソースのシチュー食べたいって言ってたでしょ。牛乳がちょっと足りなかったし」
「ならメールしろ。俺が帰りに買っていきゃ済む話じゃねーか」
「駄目です。それじゃあサプライズにならないじゃないですか」

いくら静雄が凄んでみせても、肩をがくりと落としているので、何時もの取り立て時な迫力は微塵もない。
そりゃそうだろう。
怒りたくたって、こんな小さな少女が、自分の為に内緒で好物を作ろうとしてくれていたのだ。
静雄だって鬼ではない。
相手が自分を見て逃げ出さない限り、子供や動物には優しく接するように心がけている。
まぁ、懐かれた所など見たことが無かったが。


(……となると、これが第一号ってやつかねぇ……。うおおおおおお、奇跡じゃねーか!? 静雄は気の良い男だし、怒らせなきゃ美形で頼りがいがあるし……、帝人ちゃんはハムスターっぽくねぇ? 静雄は年上好みだから、いやぁ、良い兄妹って感じで微笑ましいねぇ♪ うんうん♪)


トムはさっき聞いた『俺の婚約者』発言を、一切無視する方向に決め、いそいそと救急箱を片付けた。
夕飯の支度を担当しているということは、きっと両親が共稼ぎか何かで、家事は彼女の分担なのだろう。
その晩餐に静雄が入っていけるのなら、きっと家族ぐるみの付き合いか何かがあり、となると幼馴染か元々の親戚という線が濃厚だ。


無理やり自分を納得させたトムが振り返れば、ポケポケな彼女は、解熱鎮痛剤と水が入ったグラスを差し出す静雄の手から、にこにこしながら大人しく貰い、こくこく素直に飲み干している。
だがその後、「少し寝てろ」と言って、体に毛布をかけてこようとする彼の手をしっかりと遮り首を横に振る。
途端、思い通りにならないイライラが勘に触ったのか、静雄の眉間に皺が寄った。


「ああああ? 文句あっか?」
「駄目。寝転がったら大事なスカートが皺になっちゃう。折角、静雄さんの服とお揃いなのに、やだ」


静雄は痛恨の一撃を喰らった。
熱による真っ赤なりんごのようになったほっぺをぷっくり膨らませた上、潤んだ蒼い大きな瞳で見上げられた彼は、そのままソファから転がり落ちて床に沈んだ。

身悶えしながら起き上がった彼は、鼻の頭を抑えながらガクブルに震えていて、もう片方の大きな手のひらでついた床が、メキメキと嫌な音を立てて軋みだす。
(気持ちは判るけど、頼むから静雄、休憩室の床に、指で穴をあけるんじゃねー!!)
そんなトムの願いが天に通じたのか、


「……だ、大丈夫ですかぁ静雄さん……?……うきゃああああ……」
驚いてソファから降りようとした彼女だが、そのまま突っ張った腕がよろけて、静雄に向って転がり落ちる。
こっちはどんくさすぎだ。
だが彼が大慌てで身を起こし、腕の中に納めたので、床も彼女も被害はゼロ。
結果オーライって素晴らしい。


「あー、まぁ二人とも落ち着け、な?」

天然ぽけぽけな二人に手を貸して立たせてやった後、よく見なくても帝人が着ていた服は、確かに静雄のバーテン服と同じっぽい。
「……あー、これ、三日前に臨也と喧嘩して駄目にした俺の仕事着を、捨てようとしたら……、帝人が欲しがって……、その、学校でミシン借りて、リフォームって奴をして……」

バーテンベストとスラックスを加工して、ワンピースに仕立て直したらしい。
素人とは思えないぐらい、良くできている。
作品名:ふざけんなぁ!! 1 作家名:みかる