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泡沫のあわい

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 着々と天下への覇道を歩む豊臣軍の勢いは、今や他の軍勢には太刀打ちできないものとなっていた。豊臣傘下の一軍の将である家康もまた、自分が戦っていた時とは比べようもない程、この軍が強大になっていることを感じている。
 かつて家康が豊臣との戦の際に、徹底的な抗戦を選ばずに和睦の道を選択したのは、それ以上無為な血を流すことを避けるためだった。結ばれた絆が無残に断ち切られて宙に消える、それがこの永劫に続くかのような戦乱の世だと、幼い頃から戦に翻弄され続けた家康は身を以って知っていた。
 今はもう会うことのできない、家康を慈しんだ者、鍛えあげた者、慕ってくれた者。彼らとの絆は鮮やかに胸の内に残っているが、それでも家康は穏やかな世で彼らと笑って過ごしていたかった。今もそばにありたかった。そして、誰にもそんな世の中を与えたいと願った。手にした絆が次々と剥ぎ取られ、心細さに震えた日々に己を奮い立たせるために祈ったそれが、家康の決意の原点だ。
 この戦乱の世を、終わらす。
 家康の絶対的な願いに対して、豊臣軍が見せる姿は間違っているとは言い難かった。家康とて、この大地が血を流すことなしに平定されるなど不可能であると知っている。天下をひとつに統べるには、各地の軍と戦い、打ち勝ち、或いは懐柔しながら取り込んでいくことがどうしても必要なのだ。
 その点で、豊臣軍は破竹の勢いを見せた。
 家康もまた覇王と呼ばれる男と、その傍らに立つ涼しい容貌をした軍師の並び立つ姿に、天下を掌握しようという者の周囲を巻き込む圧倒的な流れを見た。そこにあるもの総てを吸引するような異様な存在感だ。それは、混乱したこの世が一気にただひとつの方向へ終息していく奔流でもあった。
 この奔流が流れ着いた先には、戦乱の終焉があるのだろう。
 それが他の誰よりも早く泰平をもたらすものなのであれば、家康はその下で力を尽くすことに躊躇いはなかった。
 家康は己の統べる天下を望んでいるわけではない。願うのは平和の世、ただそれだけだ。
 だからこの軍が造り出す未来に賭けようと思ったのだ。

 
 かつては常に背を預けていた、家康の片腕たる鋼鉄の武将は、機動性の高さからひとつの陣に留まらず戦場を駆け巡る役を与えられることが多い。またそれだけが理由ではなく、強固な絆を持つ主従に物理的な距離を置かせる牽制の意味もあるのだろうと、家康もわかったうえで受け入れていた。
 その代わりに、この男と背中合わせに戦うことにもずいぶん慣れた。家康は、布陣した場所で戦の準備をしながら隣に立つ男を眺める。三成は、後方の兵の位置を確認しながら、常と変わらぬ静謐な立ち姿で戦の開始を待っている。
「こたびの戦、半兵衛殿は出陣しないのだな」
 家康は、戦の寸前まで布陣や戦法以外の細部を知らさられないことも多い。新参の従軍の将として、機密とされる部分に踏み入れないのは致し方ないことでもあった。家康がそう声をかけると、三成はかすかに頷いた。
「ああ。砦に残り次の攻略に備えておられる」
 淡々と伝える三成の横顔を見つめながら、家康はふとあの軍師の細い立ち姿を思い浮かべた。かつて幾度も刃を交わした頃に比べれば、確実に薄くなった身体をした軍師が密かに病を患っていることは、一部の将にとっては公然の秘密であった。未だに新参者に近い家康はしかとそう聞いたことはないが、少し前から薄々と感づいたその事実を心得ている。そして沈痛な顔で横に立つ男を窺う。
 この男は勿論、知っているのだろう。なにせあの軍師と対を成す秀吉公の左腕と呼ばれる男だ。
 密やかに張り詰めた横顔は、戦の前というだけではない焦燥と緊張を孕んで見えた。
「……あまり気負うなよ、三成」
 思わず慰撫するような声音を向ければ、途端にぎんと鋭い目線が向けられる。
「ふざけるなよ貴様。いま力を注がずしていつ働く。もし貴様が手を抜くようならば」
「そういう意味じゃない、ただワシは」
 お前が心配なのだと言おうとして、言葉に詰まる。その理由を問われて、軍師のことを口に出すわけにはいかない。豊臣の秘密は秘密のままにしておかなければ、家康の立場は――徳川軍の立場はすぐに危うくなるだろう。
「……お前に、また要らぬ血を流させたくないのだ」
 代わりに家康がもうひとつ抱えていた、いつも告げる言葉を口にすれば、やはり三成もいつもの通りに顔を顰めた。
「くだらん。つくづく貴様は余計なことを考えすぎる。あの御方の前には、貴様の思考など何の意味もない。何も考えず秀吉様に従えば良いのだ」
「ワシは考える」
 即座に返した家康を、三成はさらに険しい顔で見据える。それに構わず、家康は静かな声で告げた。
「考えなければ、人間は、ただの木偶となるぞ。……三成。お前やワシが今から断ち切るものは、二度と還らぬものだ。闇雲に命を奪うような真似はしないでくれ」
 幾度目かもわからぬ言葉に、三成は一瞬だけ黙した。だが、
「いっそ木偶であればいい」
 言い放った三成は、視線を前方へ向けた。尊い方に刃向かう、愚かな軍勢を睨みながら言う。
「秀吉様に抗うような人間などいらん」
 三成、ともう一度苦い声で呼びかけようとした家康へ向けて、刀を突き付けることで対話を断ち切る。
「もう黙れ。貴様と無駄話をしている時間はない」
 そして並び立つ二人を前線に、戦は始まった。


 家康は拳に力を溜めて、咆哮と共に大地へ叩きつけた。凄まじい勢いで地面が陥没し、あるいは隆起し、割れた大地に足場を危うくした敵兵たちが悲鳴をあげる。その合間を瞬時に駆けた影がぎらりと光る白刃を抜いたのを見て、「やめろ三成!」家康は叫んだ。
「殺さずとも良い、ここに主力はいない!」
 疾走する男が鋭い視線を寄こすのがわかった。次の瞬間には、きんと空気を断ち切る音を響かせた男が、すでに手元の鞘へ刃を仕舞っている。同時に、見渡す限りの敵兵が一挙に糸が切れた人形のように地面に崩れ落ちた。家康は止められなかった殺戮に低く呻きをあげる。
 だが、地に伏したそれらの身体から血飛沫が噴き出すことはなかった。
 驚いた家康が一人に駆けよれば、傷は浅くはないものの胸元に血が染みる程度に留まっている。一見して致命傷ではないとわかった。そして家康が知る限り、三成が敵兵に対して手心を加えるなど初めてのことだ。茫然とした家康が振り返った先で、三成は忌々しげに顔を背けている。
「三成、お前」
「……貴様がいちいちうるさいからだ」
 厭そうに吐き捨てた男を見つめながら、家康は場違いだとわかっていても、ふつと湧きあがる喜びを抑えることができなかった。
 戦場にて、銀の髪も白い装束も朱に染めない男の姿は、いつにもまして冴え冴えとしている。家康はあの日に、仄かな微笑みを見せた三成の姿を同時に思い浮かべてとうとう笑みを浮かべた。
「三成、お前やはり―――」
「さっさと動くぞ。貴様の言うとおりだ、ここに敵の主力はいない。……おかしい、布陣に合わない。刑部に確認しなければ」
 素早く身を翻した三成の背を追って、家康もまた立ちあがる。待てよ三成、と伸ばした手が男の肩に触れようとした瞬間、
 大地を抉るような轟音が響いた。

作品名:泡沫のあわい 作家名:karo