松本珍道中 / リボツナ
十年来の付き合いである家庭教師を、教え子はそんな風に理解していた。好奇心が旺盛と言うのだろう。しかし「やってみたかった」に自分を巻き込むのはもう少し控えてもらいたいものである。
「三十分待ちか…」
石垣前に設置されている椅子からさらに三十分待ちらしい。ジリジリと照りつけて来る日差しに目を細めつつ、綱吉はネクタイを緩めてため息をついた。
松本城は戦国時代、永正年代初めに小笠原氏によって造られた深志城が始まりだ。その後甲斐の武田信玄がこの地を占領。しかし本能寺の変の動乱時に再び小笠原氏が奪還。
明治維新後は解体の危機に見舞われながらもそれを逃れ、現在の姿がある。中には松本城の成り立ちや、当時の鉄砲などの資料が展示されていた。
「外から見ると五階建てだけど、中は六階なんだね」
天守三階と言われる場所で綱吉がそう呟いた。城の中に入ってからも人の列が続いており、順路にそって見学する形になる。某風紀委員長がいたらトンファーで暴れかねない人の数だ。
二人同時にそんな事を思いつつ、前に続く。興味があるのかないのか分からないままに展示物を見つめていた二人だが、やはり盛り上がるのは銃の展示物だろう。
戦国時代、種子島から持ち込まれたと言う火縄銃から始まり、江戸時代から近代明治あたりまでが展示されている。
「これ、十手型だって」
岡っ引きの親分が持ってたらちょっと興ざめだよね…と、九代目が時代劇にはまった時に遠山の金さんだの、暴れん坊将軍だのを散々見せられた綱吉がぼやく。
ちなみに最終的には水戸黄門に嵌り、それが高じて「世直しの旅に出る」と、現在は自分の守護者と共に世界中を回っている。
マフィアが世直しってどうなの。と言う突っ込みはスルーされた。
「なんつーか、器用だよな、ジャッポネーゼって」
ちなみに岡っ引きは同心が雇った民間人だから十手は持ってねーぞ。と言う、教え子の些細な間違いを訂正してやりつつ、リボーンがため息をつく。
その横には、指にはめるタイプの二十センチほどの銃などがある。デリンジャーなど小型の銃は西洋にも存在するのだが、それとはまた次元が違うだろう。
「褒められてるんだか呆れられてるんだか…。うん、て言うか基本好きなんだろうね。なんかを小さくするのって」
携帯電話をあれほどまでコンパクトかつ高性能にしているのは、世界でも日本だけである。
「とりあえず食べて見る。とりあえず小さくしてみる。ってのが性なのか?」
「いや、どうなんだろ……」
―――女の人のカバンとか、どうしてそれだけのものが入っているのか時々謎だけど……。
それを日本人の人種的特徴とされると何とも言えない気分になる綱吉である。
首をかしげつつ、そのまま上にあがる二人。天守についたのは、中に入ってから一時間ほどしてからだった。
「なんか、天井にしめ縄?」
「あれじゃねーか?」
何人もの観光客が天井を見つめていたり写真を取っているのにつられるように上を見ると、なるほど、何かがぶら下がっているのが見えた。
首を傾げた綱吉に、リボーンが壁にかかっているプレートを指ささす。
「えぇと守護神二十六夜社勧請の謂れ?」
天守六階小屋梁の上に二十六夜社を勧請したのは、元和四(1618)年である。其の年の正月、月令二十六夜の月が東の空に昇る頃、二十六夜様が天守番の藩士川井八郎三郎の前に美婦となって現われ、神告があった。
「天守の梁の上に吾を奉祀して毎月二十六日には三石三斗三升三合三尺勺の餅を搗いて斎き、藩士全部にそれを分かち与えよ。さすれば御城は安泰に御勝手向きは豊かなるや」。
翌朝、このことを藩主に言上し、翌二月二十六日に社を勧請し、以来明治維新に至るまで其のお告げを実行してきた。お陰で松本城天守は多くの危機をのり越えて無事今日に至っている。
「にじゅうろくや、で読み方あってるのかな?」
「ルビ振ってないからあってるんじゃないか?」
とりあえず神様がお告げに来て、その通りにしたから無事なんだよ。と言うことなのだろう。
「こう言うのって、海の東西を拘らないよねぇ」
さらに美婦、美人てあたりもポイント高かったんだろうねぇ。と、言う教え子はまさしく罰あたりだろうと思うリボーンであった。
*
天守を降りて、御座の間を通り過ぎれば、月見櫓に辿りつく。
月見櫓は三代将軍徳川家光を迎えるために増設されたと言われている。三方を吹き抜けにすると、朱色の回廊を挟んで堀が見え、開放的な雰囲気を味わえる。
「いいなぁ、こう言うの。風流って言うんだろ?」
水辺が下にあるせいか、涼しい風が吹き抜ける月見櫓の板の間に座り混見、綱吉が目を細めた。その隣に座ったリボーンも頷きつつ「ボンゴレでも作るか?」と尋ねる。
「うーん、庭からなにから作ることになりそうだしなぁ」
景色も含めてのこの情緒だとすると、ボンゴレ所有の城の雰囲気とは合わないだろう。と綱吉が言えば、リボーンもうなずく。
「あたりめーだ、やるならカンペキに、だろ」
「うん、やめとくよ」
どれだけかかるかわからない。と、小市民気質の抜けきらない綱吉は青ざめながら首を振ったのだった。そんな綱吉にリボーンは肩をすくめると、風に髪を揺らしながら外を見つめる綱吉へと口づける。
「…リボーン」
「誰もいねーぞ」
目を細める綱吉に、リボーンも唇を釣り上げる。先ほどまで二組ほどの家族がいたのだが、今は誰もない。羞恥のせいか、頬を染める綱吉にリボーンはそう言うと、さらに口づける。
高校時代からこうしたスキンシップに慣れさせているせいか、綱吉からの抵抗はない。イタリアの本邸にいる時はなんだかんだいって邪魔が入るので、チャンスを逃すつもりはなかった。もちろん綱吉の寝室ならば別だが、そうでない場所でもしたいと思うのは当然だろう。
「んっ…リボっ」
何度も繰り返される浅い口づけに、綱吉がその背中に腕を回そうとしたところで気配が近づくことに二人同時に気がつく。
「残念」
チュッと、最後に下唇を強く吸い上げて、リボーンが離れる。それと同時に小学生どの少女が飛び込んでくる。綱吉は思わず口元を手で覆うと、体内に発生し始めた熱を飛ばすように大きく息をついた。
*
「さぁて、せっかくだしイーピンにご当地キティを買って……。骸のお土産はこれでいいか」
松本城入り口付近にある売店に立ち寄った綱吉は、そう言って松本城限定キティを手に取る。ついでに赤いパッケージの箱を手に取った。それを見てリボーンが目を細めた。
「信州限定、キットカットミニ大辛一味……いや、どうなんだ、それ」
確かにあいつはチョコが好物だったが…と、この十年でよくわからない方向に進化した面白髪型の青年を思い出すリボーンに、綱吉は首をかしげた。
「沖縄でハバネロ味のちんすうこう買ってたし」
「ヤケクソだったと思うけどな」
作品名:松本珍道中 / リボツナ 作家名:まさきあやか