松本珍道中 / リボツナ
こう言うの好きなんじゃないかな。と、言う教え子に、その時の事を思い出したリボーンがため息をついた。ちなみにその甘いのに辛いという奇妙な味のハバネロ味のちんすうこうは、犬が泣きながら完食しており、骸の口には一つも入っていない事を綱吉は知らない。
「雲雀にはどうするんだ?」
「雲雀さんにはこっち」
そう言って綱吉が取り出すのは白い台形の箱だ。そちらにも信州限定の文字。
「信州りんご、チロルチョコ 二十個入りかい…」
「あとは、塩羊羹でも買っておけば雲雀さんは大丈夫」
世界最強、戦力、伝統、規模において別格と言われるボンゴレのさらに中枢を担う幹部達のお土産にしてはずいぶんと安上がりである。
もっとも、右腕からして綱吉が買ったものならそのまま家宝にしそうな勢いであるから、構う事はないだろう。
「山本には日本酒でもあればいいんだけど…」
甘いものはあんまり好きじゃないんだよね。と言う綱吉に、リボーンがガサガサとガイドブックを取り出して「そこそこ近くに地酒の蔵元の直売所があるな」と告げる。
綱吉ももうなずいて「じゃそこ行ってみるか」とお土産を買いあげると城を後にしたのだった。
そのまま二人は松本周遊バス――Town Sneaker――にて待つ持ち駅に一度戻ると、今度は東コースに乗り換えると伊織霊水まで向かう。
「このへんは水が綺麗なんだね」
バス停近くにある「伊織霊水」を見ながら綱吉が呟く。松本城に向かう時に降りた丸の内近くにもわき水があった。
ちなみに飲むことも可能なのだが〝自己責任〟で飲むようにと言う張り紙があるのが何とも言えないものである。
「あちこちに名水の湧水がある見てーだな。これから行くとこも平成の名水百選に選ばれたまつもと城下町湧水群の一つを仕込みに使ってるそうだな」
「へぇ…」
水がおいしいとお酒も美味しんだよねぇと、そのまま女鳥羽川を渡り、歩いて十分ほどの場所にある酒造店に足を運ぶ。やはりそこにも店の前にわき水があり、近所の人が自由に汲めるようになっているらしい。
ちょうど、ペットボトルをもって数人が並んでいるところだった。
「ん、つめた…気持ちいよ、リボーン」
ちゃぷん。と、水の中に手を入れた綱吉が頬を緩ませながら声を上げた。リボーンも「そーか」とうなずくと肩のレオンを水に近付ける。
舌を伸ばして水を飲むレオンに、綱吉が背中に水をかけてやった。熱帯出身とと言えども、さすがに熱いのかレオンは気持ちよさそうに目を細めた。
「気持ちいーね、レオン」
綱吉がそう言うと、レオンは舌で綱吉の頬を撫でた。
そのまま店で四合瓶を三種ほど買うと、再び中町へと戻る。
「うーん、上手く乗せられちゃったような気がするなぁ」
店番をしていた奥さんが話し上手で、気が付いたらこんなに買ってた。と言う綱吉にリボーンはククッと喉の奥で笑う。このままバスに乗って一周する形で駅に戻ればいいだろう。
「まぁいいじゃねぇか、ホテルで一杯やれば」
「それが目的で止めなかったな、お前」
「さーな」
呪いが解けて不規則な成長を続けていたリボーンも、ようやく綱吉に並ぶほどの身長に成長している。本人いわく、アルコバレーノになる前はもう少し伸びたということらしい。
とにかく、これで堂々と飲酒可能なのだ。それまではたとえアルコバレーノだろうが公の場で飲ませなかった綱吉である。松本駅近くのホテルにチェックインした綱吉は、とりあえず獄寺に連絡を取ることにした。
相変わらずメールも電話も来ていないが、さすがに一日連絡を取らないと言うのも組織の長としてまずい。
「十代目!」
三コールで出た右腕の弾んだ声に綱吉は思わず頬を緩めた。この分では問題は起きていないだろう。
「隼人、ごめんね突然あけちゃって。そっちは大丈夫?」
「えぇ、こちらは問題ないです。さすがリボーンさんですね」
「は?」
獄寺の返答に妙な違和感を感じた綱吉が首をかしげる。それを見てリボーンが綱吉の手から携帯電話を奪い取った。
「おい獄寺」
「ちょっ、リボーン?」
なにするの。と言う綱吉の手から逃れるように身をよじりながら、リボーンは獄寺にいくつかの事を告げる。
「あぁ、わかってる。あぁ予定通りだぞ」
「リボーン!?」
最後にはそう言って通話を切ってしまったリボーンに、綱吉は驚いて声を上げた。あわてて携帯電話を奪い返そうと腕を伸ばすものの、ひょいと、それをよけられ、綱吉の携帯電話は憐れレオンの腹の中へと消えてしまった。
「うわぁぁレオンそんなもの食べちゃだめだって、ペッしなさい、ペッ!」
リボーンの肩からレオンをわし掴んでゆさゆさと揺する教え子に、リボーンはため息をつく。
「こまけーことは気にすんな」
綱吉の手からレオンを取り戻す。グルリと目をまわし、ぐったりとしている相棒の背を撫でてやり、サイドボードに避難させる。それを何とも言えない表情で見つめた後、綱吉は眉をはね上げた。
「細かい事って、大体松本に用事って何だったんだよ!」
まだ聞いていない。と言う綱吉の癇癪にも似た声に、わざとらしく耳をふさぎつつ「もう終わった」とリボーンが返す。
「はぁ!?」
綱吉の声がさらに鋭くなった。そんな綱吉にリボーンはそっけない。買ったばかりでホテル備え付けの冷蔵庫に放り込んであった酒ビンを取り出しながら肩をすくめる。
「帰ればわかるぞ。それより座れ。酒がまずくなる」
リボーンが本日の宿として決めたのは、松本駅にほど近い場所にあるホテルだ。エグゼクティブデラックスダブルの部屋の窓からは雄大な日本アルプスが見える。
部屋に備え付けられているグラスを二つ取るリボーンに、綱吉は自分を落ち着けるために深くため息をつく。激高は無駄だ。撹乱を嗜みとする家庭教師に上手く翻弄されて終わりだろう。
「オレだけハブにしてお前らは何をしてるんだ?」
「大したことじぇねーぞ」
すぐさま己を取り戻した教え子に、リボーンは唇を釣り上げる。手塩にかけて十年。この教え子は実に自分好みに育っているだろう。
しかし、一から十まで自分好みじゃないところがまたイイ。
「大したことじゃなきゃ言えるはずだろ」
「たいしたことじゃねーからお前が気にすることじゃねーぞ、ドン・ボンゴレ」
「矛盾してるぞ、リボーン」
酒を注いだグラスを差し出すリボーンに、綱吉は憮然とした表情を崩さない。自分がドンでなくても、自分をないがしろにされて事態が動くのをよしと出来るわけではないだろう。
しかし、そんな綱吉をリボーンは取り合わない。
「戻ればわかるんだ。こまけーことにこだわる無粋に育てた覚えはねーぞ?」
「っ……みんなは、無事なんだろうな」
いつまでも受け取られないグラスに、リボーンはため息をつくと、テーブルの上へとグラスを置き、綱吉の腕を引く。そのまま腰へと腕を回した。
明らかな意図をもって自身に絡みつく腕に綱吉はびくりと身体をこわばらせ、リボーンから視線を逸らせた。いつまでたっても初心な反応を好ましく思うものの、その反面女相手にもこんな態度なのだろうかと教育者として少々不安に思う。
作品名:松本珍道中 / リボツナ 作家名:まさきあやか