松本珍道中 / リボツナ
「わかるわけねーだろ。こっちだっていきなり活性化したって白衣女から緊急連絡がって駆け付けただけだぜ?」
「怨霊と言うよりは、ここに染みついた残留思念て感じだけどな」
「そうか……」
青年の言葉に少年は頷くと、綱吉とリボーンの目の前で先ほどとはまた少し違う呪文を唱え始めた。やがて呪文と共に光が二人の複雑な形に組み合わされた両手に集まる。
綱吉とリボーンにもう少し知識があれば、呪文のようなものが真言と呼ばれるものであること、組まれた手が示しているのが毘沙門天を示す印を組んでいることと分かっただろうが、残念ながら二人は知る由もない。
やがて収縮した光は、二人の鋭い声とともに一気に拡散した。その眩しい光に思わず目を閉じた綱吉が、再び目を開けた時には州には静寂な夜と、何事もなかったように閉じられた扉があった。
「で、あんたらはいったい何なんだ?」
「ただの旅行者だぞ」
ふぅと、大きくため息をついた青年がリボーン達を振りかえって尋ねる。まだどこか呆然としている綱吉を背中にかばいつつリボーンが答えた。
それにつられるように二、三度瞬きをした綱吉が頷いて答える。
「昼間に松本城の観光に行って…あれ?何でオレここにいるんだ?」
って言うかここどこ?と言う綱吉にリボーンはため息をつき、不思議な二人組はわずかに眉をひそめた。
「夜中いきなり出てったんだぞ」
「え~?なにそれ…」
不審そうに首を傾げる綱吉に、リボーンはおれの方が聞きてーよ。とため息をつく。そんな二人に、一人が「とにかく、離れた方がよさそうだな」告げる。人が集まってこないとも限らないのだ。
リボーンもそれには賛成なので、頷く。そのまま四人で再びフェンスを越えると、二人が乗って来たらしい車に案内され、そのままホテルへと戻った。
「しばらくここに滞在するのか?」
二人が止まっている豪奢な部屋に口笛を吹いた青年がそう尋ねると、綱吉が首を振った。
「いや、明日って言うか今日か、イタリアにもどる…んだよね」
「あぁ」
いまいち今回の日程を把握していない綱吉が尋ねると、リボーンがうなずく。戻る。という表現を使ったことや、リボーンが西洋人の顔立ちをしているせいもあるのだろう、青年が驚いたように声を上げた。
「イタリア!日本人に見えるがな」
「千秋」
あまり詮索するな。と言うニュアンスで少年が青年の名前らしきものを呼ぶ。二人のやり取りから、どうやら場の決定権があるのは年若い少年のようだと判断しつつ、綱吉は肩をすくめる。
「あぁ、ほとんど日本人だよ。ひいひいひいじーちゃんがイタリア人らしいけどね」
「なるほどね」
これは地毛。と言うように自分の色素の薄い髪の毛をつまみながら答えた綱吉に、青年がうなずく。
「それで、君たちは一体何ものなんだい?」
「そりゃこっちのセリフなんだが…見た所本当に旅行者見てーだし」
青年の言葉に綱吉とリボーンがうなずく。綱吉の生まれも育ちも東京であるし、松本に来たのも今回が初めてだ。縁は全くない。と言う綱吉に二人もうなずく。
おそらく何らかの波長があって、あの場の残留思念が活性化したのだろうと少年が言う。
「とりあえず、近づかなければ大丈夫だと思うが」
念のため、明日は空港まで送る。と言う少年に綱吉はリボーンへと視線を向けた。問題ないと頷くリボーンに、綱吉は再び少年へと視線を戻す。
「オレとしてはありがたいけど、結局君たちは何ものなんだい?」
何しろその手のことには全く抵抗する手段がない綱吉だ。骸を呼びもどせば別だろうが、さすがにこの状況で呼び戻すのは忍びない。
そんな綱吉に二人は肩をすくめた。
「いわゆるそっちの専門家って奴だな」
こっちもあまり詳しくは話せない。と言う青年に綱吉はため息をつく。お互いに話せないことがある。奇妙な関係だが、仕方がない。そもそもわかり合う必要もないだろう。
綱吉は一つそう割り切ると、リボーンに言って一つ彼らの部屋を取ってもらうと、明日に備えて寝てしまおうと意識を切り替えたのだった。
*
翌日、まるで綱吉の心情を表すかのように外は大荒れだった。日本の夏の風物詩、台風がこの長野に近づいてきているらしい。
「スゴイネー」
「カタコトだぞ、ダメツナ」
朝早くに出てきたおかげか、渋滞に巻き込まれることなく綱吉とリボーンは都内に到着することができた。数時間前の荒れまくった天気とは対照的に、夏の青空が広がるのを綱吉が眩しげに見つめる。
何事もなく成田空港に到着する事が出来て、綱吉は大きく安堵のため息をつく。空港内のファーストクラス専用のラウンジ前で二人に礼を言って別れると、その一時間後には二人は機上の人となった。
*
「………長秀」
二人がラウンジへと消えた後、少年は傍らの青年の名前を呼ぶ。ガリガリと頭をかきむしりながら、長秀と呼ばれた青年は首を振った。
「詳しい事はわかんねーが、まぁただもんじゃない二人ではあったよなぁ。バックといい」
あの人によく似た青い目のにーちゃん筆頭に、強面が八人ばかりこっち睨んでやがった。と、青年がため息をつく。その言葉に少年はチラリと視線を向ける。
「催眠暗示は?」
「まったく効かねーの、ちょっと自信喪失しそうだぜ、俺は」
何度トライしても弾かれる。と、青年が肩を落とした。終いには黒服の青年にそれとなく牽制される始末だ。まったくもって一筋縄では行かない二人組だった。
しかしながら、もう二度と会うこともないだろうと言うのも、確かな予感としてあった。あの青年も言っていたが、彼らと自分たちではまさしく「人生のジャンルが違う」存在だろう。
そう思考を切り替えると、青年は大きく伸びをした。
「さーて、せっかく東京まで来たんだ。メシでも食って帰ろうぜ、景虎」
「そうだな」
青年の言葉に少年も苦笑いを浮かべて頷く。それから不意にみやげ物屋へと視線を向ける。
「美弥ちゃんに土産でも買っていこうかなぁ~」
「人の妹に手を出すな。ねーさんにでも買っていったらどうだ」
そう言えばあの二人組の土産は信州限定の駄菓子だらけだったなと、どうでもいい事を思い出す。
泊っていたホテルや、飛行機の席、それから傍にいる人間が無駄に高級志向なので嫌でも目が肥えてしまった自分から見てもわかる一級品のスーツを身に纏っていた割には発言内容は庶民的だった。
そう言う意味でも奇妙な二人組だ。そんな事をぼんやりと考えている少年を、青年の嫌そうな声が現実に戻す。
「晴家に買ってどーするんだよ。お前さんこそ直江の旦那には?」
「あいつのほうがよく来るだろ、こっち」
あいつに買うなら譲に買う。と、軽口をたたき合いながら、二人の姿は雑踏の中へと消えて行った。
*
「十代目ぇ!」
「隼人!」
ほぼ一日後、イタリアの懐かしき屋敷に戻ってきた綱吉は大きく息をついた。それから、すでに日本よりもこちらの方が自分にとって懐かしいと感じる場所である事が何ともこそばゆい。
駆け寄る右腕に笑みを浮かべて、土産袋を差し出した。
「おや?」
「どうしたんだ?骸」
作品名:松本珍道中 / リボツナ 作家名:まさきあやか