オーバーフロー・アテンション 1
サイケ、と名乗った臨也さんの2Pカラーの人は何が面白いのか僕を見てくすぐったそうに笑っている。腰に回る腕の力がその笑顔の時間と比例して強くなることにどう応えたらいいものか。
少し後ろを向いて視線を上げれば、今度はデリ雄と呼ばれていた静雄さんの2Pカラー。白のスーツにピンク生地に黒のストライプが特徴的な、外見上軽く見える。その静雄さん二号が口の端を上げ、ニヒルに笑うと僕の耳元でそうっと囁いた。
「俺はデリ雄。静雄を元にした実体のある電脳体て言やあいいのか」
電脳体。そんな言葉は漫画だとかネットだとかでしか聞いたことのない創造性のある言葉だった。それはなんなのだろう。唯一分かるのはこの人達が僕の家に不審に侵入してきたことだ。ストーカーなのか。自分の名前も知っていて、なおかつ知人と瓜二つ。この原因のありどころが分からないから、どうしようもない。
目の前のサイケさんはきゃらきゃら笑いながら僕の胸元に擦り寄ってくる。駄目だ臨也さんにしか見えないけれど、これは臨也さんじゃなくて、どうしよう鳥肌が。
「俺はねー臨也くんをモデルにしたらしいんだよ!でねでね、昨日の夜に研究所から逃げ出して!共鳴してたデリ雄と帝人くん家に来たんだ!」
「研究所…?」
「ネブラって言う…まあ、なんか怪しい場所だな」
「いやその前にあなたがたは何なのですか?」
「んん。クローン人間に近い感じ!ん?違うか、アンドロイド?そうそうそれ」
「ええ?」
「まあそうだわな。俺は静雄の、こいつは臨也の遺伝子を配合させて作られた高機能アンドロイドみてえのだ。遺伝子研究が深化に深化を重ねて、異例の遺伝子や特殊ケース、身近な人物の遺伝子をちょいちょい配合させて作られたのが俺達だ」
「なんですかその非日常?え、SF?というか身近な人物って」
「提供したヤツは・・あァ、機密事項になってて喋れねェようにプロテクトがかかってやがるな。んなことしなくても予想はつくんじゃねぇか?」
「俺そういうの一発解除できるよ?やろうか?」
「あー・・ま、後でな」
「……えー…と」
静雄さんと臨也さん、そしてネブラなんていう怪しい会社名。SFじみた実在のアンドロイドという彼ら。まず最初から言って共通する人が一人しかいない辺り見ると恐らくあの人で間違いないだろう。岸谷新羅さんしか。決めつけはよくないと知っていても、明らかにあの人しか犯人はいない。いるはずもない。
「分かりました。犯人というか火付け役は分かりました。そ、それで不思議なのは・・ええと、デリ雄さんちょっと僕起きてもいいですか。できれば二人とも離れてください」
「きけねェ。んだァ?恥ずかしいのかよ」
クツクツと低く笑うデリ雄さんの手が腰をさする。やばい。何かこのひ、人?人なのかアンドロイドだとか、ああもうどうだってよくはないが、彼はやばい。本能が危険を訴えている。
「やだよーこのままでお話しようよ。デリ雄はどいたらいいんじゃないの?」
「ッハ、羨ましいのか?」
「羨ましいよ!」
「おーおー素直なこった。まあ、譲らねえが」
「うううう、帝人くん!帝人くん!」
対抗するようにサイケさんがぎゅうぎゅう前から絞めてくる。このままでは埒があかないので、僕はとりあえず現状を把握することにした。
「っぐ、ふたりとも…っ、苦し…」
「わ!ごめん、ごめんっ帝人くん!」
「わりィ。大丈夫か?」
「っは、大丈夫です…あの…それでちょっと聞いていいですか?」
心配そうにのぞき込む二人の顔をとりあえず押しやって、僕は話を進める。
「ん?」
「なーに?」
「お二方はあの、アンドロイド…なんですよね。そのいまいち僕には納得がいかないんですが、僕の知っている臨也さんと静雄さんにしては性格が大分違いますし、もし仮に本人だとしてもこうやって二人がいて戦争にならないということが現実的にありえないので、アンドロイドはともかく、臨也さん静雄さんではないとは分かるんですけど…」
「うんうん」
「その証拠を見せてください。アンドロイドだとか、」
「任せろ」
言い終わらないうちに、デリ雄さんが僕をベッドから起こす。そして耳に繋がっているヘッドフォンをかっぽり外した。ちゃんとした耳がそこにあるが、どこかおかしい。
「見とけ」
耳の裏側を何度かキーボードを叩くようにして、たぶん指定の場所を叩く。そうして何回か叩いた後でデリ雄さんはまたもやあっさりと耳を外してしまった。耳のパーツだけが取れる。血もなにも出ない。ただ円を描いた直径五センチくらいの穴があった。目が点になったのが分かった。
「えっ!!」
「中を見てみな」
トントン、と指で叩いたデリ雄さんの言葉に従うようにしてその開いた部分を恐る恐る見てみる。そして分かった。確かに人間ではない。覗いた穴の中には複雑な電子回路や何かのパネル、見たことのないハードがびっしり詰まっていた。
「な」
「俺のも見る?」
サイケさんが軽くそう言って同じく開いた穴を見せてくれる。違いも何も分からないまま、ただ同じように電子機器やらが詰まっている。パソコンの内部よりももっとごちゃごちゃしていたことだけは分かった。というか唖然としていて上手く物を考えられない。
「わ……わ、わかりました。確かに人、ではないんですね」
「おう」
「まあね」
どこから出したのか、デリ雄さんが人間にしか見えない長い指で仕草もそのままに煙草を吸っていた。有害そうなピンク色の煙がふわりと浮き上がる。けれど不思議と煙たくはなかった。サイケさんは、ないないするよー、と間延びした声で耳を付けてヘッドフォンを頭にはめていた。
「あと聞きたいことは?」
「え」
「何でも言ってね!あ、でも、俺帝人くんのことも知りたいなあ!いっつも声だけだったもん!姿映るの晴れた日ぐらいだったしい」
声だけ、というサイケさんの言葉ではっとした。
「あっあの!声だけってどういうことですか?見てただとか聞いてただとか」
「あァそれはなあ」
「俺達アンドロイドでなんか異常に音機能の部分が発達しててね?各自独自の周波数持ってるんだけどー帝人くんだけになんか俺達の周波数が偶然一致しちゃって、それから狙って帝人くんの声と対話できてたんだよ!すごいよね!」
「は?」
「俺達には人間と同機体に独自に物事を伝えられる周波数が備わっていて、まァラジオみてぇなもんだが、それがたまたま研究所から逃げ隠れしてる場所からお前に繋げれたんだよ。始めはサイケだけが偶然合ったおまえの声の周波数を気に入っていて話しかけてたんだが…まあ、途中から俺も入った。声っつうか音として聞こえなかったか?」
「ああ…もしかして…」
あの高音と低音がそれだったのだろうか。
予測できるものはそれしかない。
「心当たりはあるみてぇだな?」
「あとねあとね、天気がいい日とかだけ声の周波数だけじゃなくて目の周波数も飛ばせるからたまに帝人くん見てたんだよー!」
「ちょっちょっと待ってください?!目とかなんですか?!」
「声を伝える周波数と視界を展開する、」
作品名:オーバーフロー・アテンション 1 作家名:高良