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夜になると、彼は

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3.

車庫の中でドイツはハンドルに額を押しつけると、今日何度目かわからない溜息をついた。フロントガラスからは、太陽が空を赤く染め上げて、海の彼方へ沈んでいくのが見える。外は暮れ方である。
あの後、会議を終えるとドイツは真っすぐ空港へ向かった。主催であるイギリスが紅茶と菓子を用意してくれていたが、疲れているので先に帰ると言っておいた。去り際、アメリカの羨ましそうな視線が背中に刺さり、一体何事かと思っていたが、飛行機に乗って暫くして、イギリスの作った菓子を食べたくなかったのだということに気がついた。いつもなら軽い冗談の一つくらいアメリカに返せたものを、なぜ今日に限って出来なかったのだろう。重たい頭を起こしながら、ドイツはやはり疲れているせいだと思った。黒塗りのワーゲンに、夕日が眩しく映る。
車を降りて鍵をかけ、シャッターを下ろそうと外へ出る時、ドイツは自分の車の隣に、古ぼけた水色のトラバントの姿を認め、驚いた。車庫入れの時、全く気付かなかった。どうして今まで気づかなかったのだろう、と不思議に思いつつ、ドイツはトラバントの周りを点検するようにぐるぐる回る。一体誰の車だろう。こんな古い、―――国の時代の…。
そこまで考えると、また頭の中をノイズが走った。先ほどとは違う、脳に直接叩きこまれるような痛みに、ドイツは微かに呻いた。今度は耳で聞いたのではない。自分で何かを思い出そうとしただけなのに、なぜだろう、ドイツにはそれがどうしてもわからない。
見知らぬ車が存在していることも不可思議なのだが、それに加え、随分と古い車であるのに、手入れが隅々まで行き届いていることもまた、謎である。
しかし、本当におかしなことは、ドイツはその車が自分の車庫に収まっていることを、さほど不思議と思っていないことである。
窓から車内を覗くと、黒革のハンドルと紫と黒のシートが悪趣味であったが、助手席と後部座席に一体ずつ、クマやウサギのぬいぐるみが乗っていたりして、なんだかおかしい内装だった。ドイツはそれらを見て、小さく微笑む。あの人らしい。
誰の車かは未だわからないが、もしかすると客人がいるのかもしれないと思い、ドイツはシャッターを下ろすと、急いで玄関へと向かった。ドイツの家の車庫は、突然遊びに来る陽気な客人なんかのために、鍵の場所が花壇の下にあることを知っている人間ならば、誰でも開閉出来るようになっている。いつもの彼らはまだイギリスで紅茶を喫しているはずだから、彼ら以外の、あの風変わりな古い自動車を買った誰かが、見せびらかすためにやってきたのかもしれない。
玄関までの、草花に囲まれたコンクリートの道の上で、ドイツは自分の影が長く伸びているのを見た。影は芝生の上のタンポポを覆い隠し、それはどこまでも伸びていくようだった。ドイツは振り返り、空を見た。太陽は、色の薄い彼の目には眩しく映った。反射的に腕で目元を覆うと、太陽は見えなくなった。周りの空に浮かぶ雲が、太陽の光を空の上に散ばせている。空はもう暮れ時だからか、太陽の沈む方に向かって、段々と色が暗くなっていた。紫とも赤ともつかぬような、何とも美しいその色に、ドイツは目を奪われる。あの人に似ていると思った。角度によってきらきらと輝く、宝石のような瞳。紫の空を覆う、太陽の光を浴びて神々しく光る雲は、まるであの人の髪のようである。ドイツは思わず呟いた。
「兄さん」



「何だ、ヴェスト」
突然聞こえた声の方向に驚き、ドイツは思いがけず尻餅をついた。男はドイツの真横にいたのだ。
「兄さん…驚かすのは止めてくれ」
男はひとしきり笑った後、尻餅をついた弟に手を差し伸べた。ドイツは何も言わず、男の手を取ろうと思ったが、少し戸惑った。袖が捲くられて剥き出しになっていた腕は、無駄な肉どころか筋肉すらなくなりかけた、痩せたそれだったのだ。
躊躇しているドイツを見かねた男は、舌打ちをした後、ドイツの腕をむんずと掴み、体を起してやった。思った以上に強い男の力にドイツは感心しつつも、心の奥ではほっとしていた。男は「どんくせえなあ」とでも言いたげな表情で、偉そうに笑った。その不遜な笑みに、ドイツは思わず噴き出してしまう。
「さあ兄さん、家に戻って晩飯にしよう」
男の骨張った肩を抱いて、ドイツは我が家の玄関を目指してゆっくりと歩く。いつの間にか夕日は向こう側に沈み、夜が帳を下ろしていた。もう芝生に影はない。
「しかし、さっきは本当に驚いた。兄さん、一体いつからそこにいたんだ」
その問いに、男は笑って答える。
「俺はずっと、ここにいたぜ」

作品名:夜になると、彼は 作家名:ひだり