夜になると、彼は
「そうだ、万が一忘れてしまった時のために、メモを貼っておこう。俺はルビーのような夕焼けを見て兄さんを思い出すのだったな。メモにはルビーの絵と兄さんの名前を書いて、場所は、そうだな。冷蔵庫にでも貼っておこうか。毎朝嫌でも目にする場所だからな。それにこうすれば朝から兄さんを思い出すことができるから、一緒に朝食を食べることも出来る。これは良いアイディアだ」
あんな曖昧で保障のない誓いの言葉がどれくらいの意味を持つのか、彼の心に安息を与えることが果たして出来るのか。そういった焦りが、ドイツの舌を平生より滑らかにしていた。
ドイツは喋りながら席を立つと、電話の傍にあるメモ用紙とボールペンをテーブルに置き、すらすらと言葉の通り絵と文字を書いた。宝石の形だけでは何か見分けがつかないので、上に“Rubin”そして“Preuβen”の文字を書いておいた。ペンを置くと、男の手のひらが頭の上に置かれ、そのままドイツの頭を優しく撫でた。顔を上げようとしたが、それより先に込み上げてきた涙がテーブルに落ちる方が早かった。ヴェストは泣き虫だな、とプロイセンが笑った。
「なあ、これに付け足してもいいか」
プロイセンはそう言うと、固定電話の方へと向かい、ペンを持ってこちらへ戻ってきた。椅子に座ると、ドイツが書いたルビーの絵に、取ってきた赤いボールペンで色をつけていく。
「こうやって、お前が早く俺を思い出すように」
にこりと笑った男の顔は驚くくらい白く、そのために細くなった赤い瞳が、ドイツの脳裏に鮮明に焼きついた。
「どれだけ辛くても、どれだけ時間がかかっても、お前がまだ俺を必要としてくれるのなら。…お前の記憶に残り続けることができるその日を、俺はずっと、待ってるよ」
プロイセンの言葉の後、どちらともなく抱き合った。体が一つになってしまうほど、互いの頬を濡らす涙がどちらのものかわからなくなるほど、このたった二人の兄弟は、互いが兄弟であることを知るために抱き合った。それは酷く心地良く、肌が密着すればするほど、プロイセンの心を近くに感じることができたので、ドイツはこのまま一つになってしまってもいいかと考え、そこではっとした。
一体、俺は何のために誓いを立てたのだ。誓いを立てたのは兄さんが俺と一つになることがないように、兄さんが永遠に俺の兄さんであるために立てたのではなかったか。
「兄さん、兄さん」
背中に回した腕に力を込めると、「苦しいぜ」と男が小さく呻くのが聞こえた。ドイツはその言葉に耳を塞ぎ、もっと強く抱きしめる。一人では抱き合うことなど出来ない。温かい兄の体にほっと安堵のため息を漏らし、ドイツは二人でいることの素晴らしさを、改めて感じるのだった。
「兄さん、俺は絶対にあなたのことを忘れない。俺を、信じてくれ」