暦巡り
秋分 9月23日
青く輝ける空の平原を、羊雲の群れが追いかけっこをして翔る。細く長く続く券雲はコースラインです。日差しはあくまでも穏やかで、アメリカさんと並んで歩く土手の遊歩道沿いに群生したコスモスの花が、そよそよと風に揺れている。河川敷にあるサッカー場では中学生と思しき少年たちが練習に勤しんでいた。はつらつとした元気な声が澄んだ空気の中に響く。
暑かった、特に今年は異常気象だとかで、そりゃあもう筆舌にしがたい日々を過ごした夏も、ここに来てようやく秋に主導権を明け渡したようです。ぽちくんの散歩も随分と楽になり、何よりといった所ですね。当のぽちくんは、忙しそうに草むらに鼻を突っ込んで縄張りの確認中です。
「あ、とんぼ!」
「ああ、アキアカネですね」
アメリカさんが指差すのは晴空を切って飛ぶ赤いとんぼ。青と赤のコントラストが美しい。秋の風物詩。
一匹、二匹と空を行くアキアカネを眺めて目を細め、
「昔はもっと空を埋め尽くすぐらい大群のとんぼが飛んだものだったんですがねえ……」
ため息まじりに一人ごちた。とんぼもすっかり数が減ってしまいましたね。秋津洲なんて言われたのも、今は昔。
……秋はなんだか感傷的になってしまいますね。
日はまだ高いが、辺りには早くも夕刻の気配が漂い始めている。ふと、有名な童謡の一節を思い出した。
「赤とんぼのメガネ……複眼がどうして赤いのかご存知ですか?」
「いいや、知らないんだぞ。なんでなんだい?」
「赤とんぼの瞳は、夕焼けの赤い空の色を映しているんですよ」
含み笑いでそう返すと、アメリカさんは大きく開いた目をまばたかせる。予想外の子供じみた答えに虚を突かれた……そんな感じの表情でした。
そのまま立ち止まってしまったアメリカさんにあわせて足を止める。すると彼は私の鼻先十数センチまで顔を近づけて、じいっとこちらを見つめています。
……ちょ、ちょっと近すぎませんか。ここ屋外ですよ……!?
「あ、アメリカさん?」
「日本は夜だね」
「は……?」
「赤とんぼが夕焼けの空なら、日本の瞳は夜の色を映しているんだぞ。だって、目の中に星がまたたいてる」
「!?」
目が死んだようで覇気がないと言われたことはあっても、そんな風に言われたことはついぞなかった。ものすごく恥ずかしいし、照れくさい……というか、それってどんな少女漫画?
「アメリカさん」
「うん?」
「それなら、アメリカさんは快晴の空です。雲の陰りひとつないどこまでも続く青。お日様が中でキラキラ輝いています」
目を逸らしたら負けとばかりに見つめ返す。胸中がどんなにあわわな状態だったとしても、それを外に出さないのが日本男児です。……たとえ隠しようがないくらい顔が赤くなっていたとしても。
アメリカさんはそんな私を見て、にやりといたずらが成功した子供のように笑い、
「日本、コンビニに寄って帰ろう! 肉まんが食べたいんだぞ!」
朗らかに言いました。その瞳はやはりキラキラと光をふりまきます。
食欲の秋ですか。それも良いですね。
「あと、ピザまんとカレーまんと、おでんもそろそろ売ってるよね、卵とつくねと牛筋、はんぺん……とにかく、いろいろいっぱい食べたいんだぞ!」
「……」
天高く、アメリカさんこゆ……げふんげふん、に、ならないと良いですね……。
END