暦巡り
春分 3月20日
そりゃ、最初は怖かったさ。何せ、俺は完全な受け身でね。無防備な穴をさらしてドキドキと彼を待っているんだ。彼の指がふれただけでびくりと肩が跳ねてさ、ヒーローなのに格好悪いったらない。
だって、しょうがないじゃないか。初めてなんてみんなそんなもんだと思うぞ。考えてもみなよ、自分の体の中に異物が入り込んでくるんだ。不安にならない分けないだろ。あんなところ、他人にいじられたことなんかもちろん一度もなかったしね。それもあんな奥までなんて。
それでも日本がさ、「大丈夫ですよ。アメリカさん。絶対に痛くしませんから」って、優しく微笑むから。だから。彼に身をゆだねてみようって気持ちになったんだ。
ただ、絶対痛くしないなんて日本は口にしていたけど、それでもやっぱり少しは痛いんじゃないかなって思ってた。彼を信用していなかったわけじゃないよ。未知の恐怖ってやつはなかなかどうして簡単にぬぐい去れないのさ。おっかなびっくりだよ。そりゃあもう。
でもね。うん。結果から言うよ。
俺の予想に反して、すっごく気持ち良かったんだ。それはもうホントに。
絶対にって言葉は怯える俺をなだめるための方便じゃなかった。日本はこれっぽっちも嘘をついていなかったんだ。うん。気持ちよかった。
彼の卓越したテクニックは、俺をまさに天国に連れていってくれた。ちっとも痛いことなんかない。只々気持ちよくて、それに、そのとき感じた幸福感はとびきりファンタスティックでね。恍惚の時間はあっという間だった。もうすっかり虜だよ。新しい世界が開けた感じ。
日本のおかげで、俺にとって重大なファクターが一つ加わったんだ。
それからというもの、最初怖かったことなんか忘却の彼方で、ことあるごとに日本にお願いするんだけど、彼はなかなか首を縦に振ってくれなくて。
相手をしてくれるのはせいぜい月に一、二回。そんなんじゃぜんぜん満足できないんだぞ。ちっとも足りない。試しに自分でやってみたけど、日本がしてくれるみたいに気持ちよくならなかった。しかもおっかなびっくり突っ込んだもんだから手が滑ってさ。中を傷つけたみたいで、しばらくジクジクと痛みが引かなかった。
やっぱり日本がいい。日本にしてもらいたい。日本じゃなきゃイヤだ。
なあ、だから頼むよ、この通り!
「……アメリカさん」
今日こそはと勢い込んでやってきた日本の家。ぱちんと両手を合わせて日本式お願いポーズの俺に彼はやや呆れたような微笑を浮かべて言った。
「そう頻繁にするものじゃないでしょう。耳掻きなんて」
「俺は毎日でも君にしてもらいたいぞ」
真面目に言ったつもりだったのに、なぜか日本は驚いたようにぱちくりと瞬きをして、それから「ふふふ」と笑い声をもらす。どこかうれしげな彼の様子に首を傾げた。
俺、なんか彼が喜ぶようなこと言った?
耳掻きのことしか話してないよな。考えてみてもよくわからない。
どこか遠くで甲高い鳥の鳴き声がして、日本はより一層相好を崩した。
「おや、ヒバリ……。そうだ。今日は日差しも暖かですし、縁側で耳掻きをして差し上げましょうか?」
「ああ!」
上機嫌そうな彼の気が変らないうちに、前のめりで返事をする。日本はそんな俺を見てまた笑みを零し、俺はこれから始まる至福の時間に思いを馳せた。
END