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約束していた正しい関係

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「……さて、俺の勝ちだな、殺人鬼」

「……あークソ、ついてねぇな。
 お前の勝ちだよ、殺人鬼」

 着流し姿で仰向けに屋上に横たわる四季を、上から見下ろして声を掛ける。
 ――あれから、どれほど殺し合っただろうか。少なくとも、一時間は経っているだろう。
 お互い血塗れだわ身体がそこかしこに散らばっているやら、笑ってしまうくらい素晴らしい『惨殺空間』だ。
 こちらの大きな怪我はまだ右腕一本と脇腹だけで済んでいるが、四季は能力――拒死――ゆえの捨て身の戦法で、上半身と下半身が綺麗に分かれているわ、刀代わりに振り回された左手が横に落ちているわ、と散々だ。
 辛うじて首と右腕だけが繋がっている悲惨な状況で、だが負けたと言うのに大して悔しそうでも無いあたりは性格だろうか。

「で、俺を殺すんだろ、志貴」

 こんなことを、あっさりと言ってしまうような。

「そうだな、俺は殺人鬼だ。
 殺す為に呼ばれた『モノ』だから」

 今宵は一夜限りの舞台。白い夏、雪の降る夜の邂逅。
 タタリという特異の欠片を飲み込んだ猫との悪夢の協奏曲。
 夜が明ければ、互いは消えてしまう。
 戦うことなど無意味、だがしかし、俺たちはお互い、殺人鬼だ。
 殺人鬼がやること――それは勿論、『殺し』に他ならない。

「残念だったな、『殺せ』なくて」

「ま、お前が相手で、負けちまったら仕方無いさ」

 やれやれ、と肩を竦めようとして、その肩が削ぎ落とされていたのにようやく気付き、イテテテ、と顔を歪める。

「オレはお前に殺されるもので、お前はオレを殺すものだ。
 正しくお約束、だろ?」

「――違いない」

 それは幼い日の約束。
 いずれ血に狂うことを約束された鬼の子供と、鬼の子供を殺す為だけに生かされた殺人者の、叶わなかった約束。
 一度は破られた約束は呪いとなって、二度と違えられる事も無い。



「――で、お前はもう殺しに行かないのか?」

「行きたいのは山々だが、どうやら目ぼしいヤツらは大方狩り尽くされてしまったらしい。
 流石に時間を掛け過ぎたな」

「そりゃ申し訳ない話で」

「イイさ。アイツを殺せないのは少しばかり残念だが、それに拘って本当の幸いを見逃すのも暗愚の所業だろう」

 アレを殺すよりも何よりも――こいつを殺す権利を誰にも譲らないことが、俺にとっての幸いだ。
 もう二度と、誰にも殺させない(渡さない)、俺の最初で最高で――最愛の、獲物。



 消えるまでの時間潰し、気紛れに唇を寄せると、鉄臭い味がする。
 覆い被さられた四季といえば、楽しそうに俺の顔を眺めた。

「口元、真っ赤だぜ。殺人鬼廃業して吸血鬼にでも鞍替えするか?」

 そんな言葉を紡ぐ相手の口元も、正真正銘の吸血鬼の名に恥じぬ程に紅く染まっている。

「ハ、冗談じゃないな。吸血鬼になったら、お前を殺せないだろう。
 そんなもの、こちらから願い下げだ」

「そりゃ、安心した」

 本当に、心底安心した様子の四季の姿に、ふつふつと湧き上がる感情が有った。
 ああ、そうだ。
 これはきっと、心からの――歓喜。

 誘われるように再度重ねた唇で笑みの形を辿り、ゆっくりと体液を舐め取って、静かに顔を上げた。
 彼自身の源、生の証を喉を鳴らして嚥下する。鉄臭いばかりで甘さなど欠片も無い気持ち悪さが、心地よい。



「ああ――殺せて、良かった」

 零れた本心に、四季も答える。

「ああ――殺してもらえて、良かった」

 あの日。
 殺せなかった殺人者と生き延びてしまった獲物。
 ふたりの兄弟はようやく、本来の形に戻ることが、出来たのだ――。



END