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ある、池袋の日常

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3.距離と、気持ち





表示された金額に、帝人はたっぷり数十秒は固まった。画面に映るのは馴染みのないブランドのホームページ。そこにマフラーが10種類ばかり載っているのだが、どれもこれも3万円を下回るものがない。
「マフラーって、…こんなにするんだ…」
先日破いてしまったマフラーは、結局ファミレスで千円ちょっとの食事とドリンクで相殺ということされてしまった。衣料品なんて大型量販店やスーパーくらいしか、帝人はお世話になったことがない。ので、精々数千円から1万円くらいだと思っていた為、申し訳ないと思いつつそれに甘んじてしまったのだ。
いわゆる有名ブランドのマフラーなら、確かクラスメイトが自慢してたことがあるからなんとなく高いのだろうと想像はつく。が、大人の紳士用―――百貨店ブランドとなると帝人には未知の世界で、検索をかけてみたのも本当になんとなくだ。実物は捨てられてしまったがロゴを覚えていた。いくらくらいするものなんだろうと気になっていたのもあるが、まさか、たかがマフラー1枚がそんなにするものとは。
同じ商品が見つからないので本当の値段は定かではないが、今掲示されているものがおおよその価格と判断していいだろう。
「どうしよう…、これ、弟さんから貰ったって言ってたよね…」
今までの乏しい会話でも、静雄自身はあまりものの値段に頓着なさそうな印象だ。だから、気にしてないのも本当だろう。
だがそんな兄を気遣って弟さんが奮発したというのなら、プレゼントしてすぐに破いて捨てられたなんてものすごく申し訳ない。
「静雄さんの弟さんって、お金持ちなのかなぁ…」
関係ないことを呟きながら、帝人はパソコンの画面を閉じた。この時期に3万円の出費は正直かなりきつい。けれど、今月はネットビジネスが忙しかった分来月は収入がいつもよりちょっと多いし、2万くらいなら無理できない金額でもない。折りしも街はクリスマス一色、ケーキ売りとか看板持ちとか、なにか臨時のバイトがあれば切り詰めなくても何とかなりそうだ。
「…うん。そうと決まれば、まず買うものを決めに行こう」
一度決めれば、帝人のフットワークは軽い。早速街に繰り出すと、いつもはあまり覗かないような店を中心に物色を始めた。デザイン重視のものよりも素材にこだわったものの方がいいな、などと、普段なら気後れしそうな値段のものにも触れて確かめて、を繰り返す。
何軒覗いたのかさっぱりわからなくなった頃、帝人はふと、ショーウィンドウの中でマネキンが着けているマフラーに目を向けた。シックな黒いスーツに濃い茶色のマフラーが合わされている。その色がちょっと独特な感じの色で、すごくいい。
いやいやいや、今日は自分のを買いに来たんじゃないんだし!
マネキンの首に巻いてあるもの以外に、黒、白、グレー、赤、ピンクの5色が並べられている。薄手で4~50cm幅、柔らかそうな素材出てきたそれは、見れば見る程破いてしまったマフラーに似ている、…ような気がした。マフラーと言うよりストールに近いのだろうか。
捨てられてしまったあれはカーキに赤のドット柄だったが、静雄なら濃い色より白の方が似合うかもと、ガラス越しにマフラーを眺める。白と淡いベージュの中間くらいの色は、さぞ明るい金髪には映えるだろう。
これにしようと決めて、ふと、脇に置かれた値札のチップに目を剥いた。
「…2万7千3百円…」
何度見ても2万7千3百円。税抜き2万6千円。…抜いたところで意味などない。完全に予算オーバーだ。
無理をすればなんとかならない金額でもない。帰省までの数日を何とかしのげれば、元旦にはお年玉という収入もある。が、…どうしよう。ホントにどうしよう。
マフラーをガン見しつつ頭をフル回転させていると、ガラス越し、商品の向こう側にいた店員が帝人に気付いて笑顔を見せた。逃げるかどうか悩む間にも近付いてきて、扉を開けてどうぞと声をかけられる。
…とりあえず、手触りを確認しよう。
そんな風に言い訳しながら、帝人は入口へと足を向けた。






今日はホワイトクリスマスになるかも、と朝のテレビは言っていたが、結局帝人の目の前で雪が降ることはなかった。昼過ぎに少しちらついたらしい。が、屋内にいたので気付かなかった。
雪こそないが気温は低い。吐き出す息が真っ白で、帝人はマフラーを鼻先まで引き上げた。ほう、と吐き出す息がマフラーに残って暖かい。
昼から正臣とケーキ売りのバイトに勤しんで、その後は杏里も交えて3人でささやかなクリスマスパーティーをした。クラスメイトと大勢で騒いだことはあったけれど、仲のいい友人と少人数でその家で、なんて経験は帝人は初めてだった。
来年もこうだといいな、と思いつつ、2人からのプレゼントが入った紙袋を握る手に力を込める。今日から冬休みで、数日後には帝人は実家に帰省予定だ。今年中にもう一回くらい会えるといいんだけど…、と思いを馳せていたら、ふと、違う顔が頭を過ぎった。
無駄に自己主張の激しい情報屋ではなく対の方、…などと言えばもちろん本人は激怒するだろうが、まあつまり池袋ではワンセットで扱われている『危険(人)ブツ』の片割れの顔だ。
紙袋の中には、先日買った静雄へのマフラーも入っている。弁償というと押し付けがましい気がするし、今日ならプレゼントとして渡してしまえるのだけれど、案外出会わないものだ。
…昨日、渡しておけばよかったなぁ。
帝人は昨日2人の喧嘩にうっかり巻き込まれてしまった。自ら渦中に飛び込んだと言えなくもないが、危うくツリーと化した街路樹をぶち当てられそうになった。セルティのおかげで怪我ひとつなかったが、腰が抜けてしまって、マフラーの事など頭からぶっ飛んでしまったのは仕方がないだろう。
それでも、このまま会えずに1年が終わってしまうのは少し淋しい。セルティに言付けてもいいが、やっぱり自分で渡したいし、手渡した時の反応も見たい。
そんな風に考えていたから、公園に差しかかると自然に中へ足を向けた。いるといいなとは思っていたが、まさか本当にいるとは思わなかったので、先日設置し直された自動販売機の前に明るい金色を見つけて驚く。
「こんばんは。こんな時間までお仕事ですか?」
「…いや。仕事なら、1時間前に終わった」
いつものように話しかけると、静雄がちょっと複雑そうな顔を見せた。困ったような表情に、ひょっとして声かけちゃまずかったんだろうかと慌てるが、静雄はやはり微妙な顔で笑って缶コーヒーを帝人に差し出した。差し出して、自分の分は買い直している。
この間帝人が買ったのと同じものだから、おごってくれるという事なのだろう。ありがとうございます、と笑顔で返してベンチに座ると、静雄はまだ難しい顔のままそこに立ち尽くしていた。




作品名:ある、池袋の日常 作家名:坊。