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ある、池袋の日常

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「座らないんですか?」
「……ああ、いや。……」
気持ち脇によけると、その隣にちょっと距離を開けて静雄が慎重に腰を下ろす。なんだろう、僕なにか怒らせるような、…困らせるようなことしたんだろうか?
いつになく重い空気を感じながらコーヒーに口をつけていると、お前さ、と静雄が地面を睨んだまま声を投げた。
「…こんな時間に何してんだ?」
「あ、さっきまで友人の家でクリスマスパーティをしてたんです」
楽しかった、と話すと、よかったな、と少しだけ笑って、また地面を睨む。
それきり沈黙が続いて、帝人は内心首を傾げた。どうやら帝人に怒っているのではなく、なにか落ち込んでいるらしい。そこまではなんとなくわかったが、落ち込む理由がわからない。
「…俺が怖くねぇのか?」
吐き出すようなひと言に、帝人は思わず目を丸くした。
昨日のことを―――喧嘩に巻き込まれたことを言っているのだろう。だが、勝手に2人の喧嘩に割り込んだのは帝人の方で、怒るならともかく落ち込むって何なんだろうと、やっぱり首を傾げる。
「今は怖くないですよ。…昨日はちょっと怖かったですけど」
「そうか…」
それは本心だったからなるべく明るく言ったのだけれど、静雄の表情は硬いままだ。どうすれば信じて貰えるんだろうと思い、帝人は絶好のアイテムがあることを思い出した。
「あの…」
紙袋の中から箱を取り出して差し出すと、サングラスの奥で目が丸くなった。普通嫌いな人にプレゼントなんて渡さないだろうと思うのだが、静雄は硬直したままそれを受け取ろうとはしない。
「クリスマスプレゼントなんですけど…、今日中に会えて、よかったです」
「……俺に?」
「静雄さんに」
敢えて名前を告げると、やっと訝しそうにしながらも箱を受け取ってくれた。簡易包装にして貰ったので、リボンを解いて箱を開けると、中から淡いベージュ色のマフラーが見える。
「ちょっと手違いで、僕とお揃いなんですけど」
そう言って帝人が自分の首元に触れると、静雄の目がチョコレートカラーのマフラーを見て、再び手元に落とされた。淡い色にじっと視線を注いだまま、なにかしら考え込んでいる。
素直に喜んでくれるものと思っていたので、その反応に帝人は今更ながら慌てた。プレゼントとはいえ破いたマフラーのことがあるのは一目瞭然で、やっぱり押し付けがましかったのかもしれない。さほど親しい訳でもないのに、ひょっとして迷惑だったのだろうか。
「あの、…ご迷惑でしたら持って帰りますから」
「いや、違う、迷惑なんかじゃねぇ! …その、誰かにプレゼント貰うなんて、嬉しかったからよ…」
お揃いなんて初めてだ、とぎこちなく笑って、強張っていた顔が不意に柔らかな笑みを見せた。律儀にサングラスをはずして、「ありがとうな」と嬉しそうに、照れくさそうに微笑む。
覆う物がなくなると、改めてその顔の造作が整っているのがわかった。ちょっと耳が赤い所為もあって、見ている帝人もなぜか顔が熱くなる。
「実は、あの…」
「ん? なんだ?」
「もうひとつ手違いで、その…」
せっかく喜んでくれているのに水を差すのもどうだろうかと思ったが、言わないのはフェアじゃない気がする。でも、露骨に嫌がられるとちょっと切ないんだけど、などと逡巡しつつ、帝人はそれを口にした。
「あの、……臨也さんともお揃いなんです……」
臨也の名に、マフラーを手にしたまま静雄がぴし、と固まる。こめかみに青筋が浮かんでいるのがはっきり見えて、そのまま破かれそうなマフラーの末路に帝人は慌てた。
「あ、あの、やっぱり別のに交換してきます!」
帝人にしては決心の要る買い物だったのだ。破かれて捨てられるくらいなら、今からでも返品して別の物に変えて貰った方がいい。プレゼント自体を嫌がれらている訳ではないようだし。
そう思ってマフラーに手を置くと―――引っ張ると裂けそうで怖かったのだ―――静雄の手が帝人のマフラーに、ちょん、と触れた。
「…これは?」
「あ、僕のは今日1日使っちゃってるんで」
返品も交換も無理だろう。そう言うと、静雄が難しい顔のままこっちでいいと首を振った。
「あの、でも、…臨也さんとお揃いですよ?」
「……………お前とお揃いなんだろ」
「そうですけど、あの、臨也さんも、」
「『お前とお揃い』なんだろ」
「は、はい…」
どうやら静雄にとっては『お揃い』であることに価値があるらしい。そういえばさっき「お揃いなんて初めてだ」と言っていただろうか。
本人がそれでいいのならまあいいか、と思うことにして、帝人は静雄の手の中にあるマフラーの端を持ち上げた。襟元にそっと当ててみる。が、なんだか思った感じと少し違う。
「…こっちの色の方がよかったかなぁ…」
帝人のマフラーはチョコレート色、黒に近い茶色だ。どちらにするか悩んで白が似合うと思ったのだけど、考えてみればバーテン服は白だ。濃い色の方がよかったのかもしれない。
帝人は、自分のマフラーを外して静雄の首元に当ててみた。金髪にも生えるし、黒にも白にも合う。こっちの方がよかったかも。
「…お前は白のが似合うな」
静雄が、そんなふうに言って自分のマフラーをくるくると帝人に巻きつけた。
「うさぎみてぇ」
どういう意味だろうと思ったが、真っ直ぐな瞳がまじまじと見つめてくるのが恥ずかしくて、問いただすどころか顔を上げることも出来ない。
言葉を捜して戸惑っていると、「じゃ、交換な」と言って静雄が帝人のマフラーを取り上げてしまった。自分の首に巻いて、嬉しそうに微笑まれるとどうしていいかわからない。
わからないが、正直焦った。なぜなら帝人のマフラーは、臨也からのクリスマスプレゼントだったからだ。
ショーウィンドウの前で散々迷っていた、あの姿を見ていたらしい情報屋が、帝人が欲しがっていると勘違いしてくれたものだ。同じものを、色は黒で臨也も買っている。だから、『臨也ともお揃い』になってしまったのだけれど。
「あ、あの…!」
「ん? やっぱこっちのがいいか?」
「え、…と、あの、その、…それ僕が使っちゃってますから、」
「ああ、だからかな。なんか甘いにおいがする」
「そ…、れは、さっきケーキを食べたからじゃないかと…」
なにこれ、恥ずかしい。すごく恥ずかしい会話なんだけど、なにこれ???
思わず顔が真っ赤になって、帝人は『池袋最強』の違う一面を見たと思った。天然のたらしだ、この人。
どうやって誤魔化しつつマフラーを取り返すかとぐるぐる思考していると、不意に静雄が距離を詰めてきた。顔が近い。ものすごく近い。
「し、静雄さん!?」
帝人の顔に、というか口元に静雄が鼻先を寄せてきて、金髪が頬に触れる。染めてるはずなのにすごく柔らかい、…ってそうじゃなくて。
「あの…」
困惑気味に呟くと、静雄が身体を起こした。それでもまだ近い距離で、きれいな顔が子供のような笑みを見せる。
「ホントだ。すっげー、いいにおいがする」
帝人のマフラーを巻いたまま再び顔を寄せてくる静雄に、帝人はなぜかダメだと思った。なにがダメなのかよくわからないが、なんかもう、いろいろとダメだ。
首元に金色の男をまとわりつかせたまま、帝人は1人真っ赤な顔で羞恥と戦い続けた。




作品名:ある、池袋の日常 作家名:坊。