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中野コブクロ
中野コブクロ
novelistID. 12635
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11/28新刊?サンプル

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 本当に久しぶりだったから、忘れていたのだ。
 あの街には、静雄を狩ろうとする連中がいる。当たり前のように認識していたその事実が、記憶からすっかり薄れてしまっていた。ここしばらくの平穏な生活のせいで、麻痺してしまっていたのかもしれない。
 絡んできた男達は、一人残らずアスファルトの上に転がしてきた。
 全く覚えていなかったけれど、ピアスの男は以前にも静雄に絡んで返り討ちにあった事があるらしい。そんな目に遭っていながら再びあんな絡み方をしてきたのは、手勢が多かったせいで気が大きくなっていたからだろう。
 目の上にかかる長い前髪を、くしゃりと指先で掻き混ぜた。金色に染まった髪は、すっかり痛んできしきしと指に絡んでくる。この感触にももう随分と慣れた。
 髪を金色に染めると良い、とアドバイスしてくれたのはトムだった。その言葉を守り、彼が卒業してしまった後も、静雄はこうしてずっと髪を染め続けている。

『来神中学の制服を着た金髪の奴には手を出すな』ぐらいの噂が広まりゃ、中学生活は安泰ってもんだろ。

 そう言った彼の言葉通り、確かに静雄に喧嘩を仕掛けて来る連中の数は激減した。来神中学に通う生徒の中で、平和島静雄の名前と容姿を知らない者は今や一人も存在しないだろう。
 要注意人物として自分が腫れ物のように扱われている事も知っている。それを寂しいと思う事も無いではなかったけれど、無為な争い事を巻き起こしてしまうよりは遠巻きにされていた方がずっと平和で良かった。
 けれど、学校の外には物わかりの悪い連中がまだいくらでもいるのだ。その事を、学校と家との往復しかして来なかったこの数ヶ月ですっかり失念してしまっていた。
 それが自分でも信じられなかった。忘れたくても、状況がそれを許してくれなかったのに。
 繁華街を離れ、自宅へと向かう静雄の足取りは重かった。どこも怪我などしていないし、疲れているわけでもない。静雄の足を重くしているのは肉体的な理由からではなく、沈んでしまった心の重さのせいだった。
 結局自分はずっとこうなんだろうか。
 アスファルトの上に転がる男達を見ながら、静雄はぼんやりとそう考えた。
 勉強して、良い高校に入って、それでも自分が『平和島静雄』である事に変わりはない。キレやすいこの性格が治るとも思えないし、一度立ってしまった風評が薄れる事はなかなかないのだとも身を以て知ってしまった。
 待っている、とトムは言ってくれた。
 けれど、本当にその言葉に甘えてしまって良いのだろうか。彼とはもう、半年近くも言葉を交わしていないのだ。高校へと上がり、環境も変わって、気持ちに変化が起きても少しも不思議ではない。なのに、その言葉に縋るようにして彼を追ってしまっても良いのだろうか。もし、万一、彼に迷惑だと思われてしまったら。そうしたら、自分はどうすれば良いのだろう。
 結局静雄は、何も買わずに来た道をそのまま引き返した。重い足を引き摺るようにしながら、自宅までの道をのろのろと歩く。
 その時だった。

「静雄……?」

 背後から、声がした。
 聞き覚えのある声だった。
 いや、ずっと聞きたいと思っていた声だった。
 まさか、と思いながら足を止め、声のした方へゆっくりと振り返る。
「……………」
 そこには、こちらを伺うようにして立つトムの姿があった。
「なんだ、やっぱ静雄じゃん。久しぶり」
 振り返った静雄は、ニッと笑いながら駆け寄ってくる彼の姿を呆然と見つめた。
 ずっと会いたかった人が、目の前にいる。以前と変わりなく、穏やかな笑顔を浮かべながら。
 なのにどうしてだろう、自分の知っている彼とはほんの少しだけ違うと思ってしまった。声も表情も何一つ変わってはいないのに、その違和感が静雄の胸をざわざわと乱す。
 そんな静雄の気持ちも知らぬ気に、トムは以前までと変わらぬ気安さで静雄の頭をくしゃりと撫でた。
「お、またお前伸びたな。もう俺追い越されちまいそうじゃん。今何センチだ?」
「……170センチっす」
「うわ、マジかよ、本気で抜かされちまうじゃん俺」
 あんま急いで伸びんなよーと笑いながら静雄の頭を撫でる彼の背後に、少し離れた所からこちらを伺う二人の学生の姿が見えた。
 紺のブレザーにグレーのスラックス、臙脂色のネクタイ。この辺りではあまり見かけない制服だ。どこかの高校生だろうか。
 彼らから視線を戻し、目の前のトムを見てはっとした。
 彼らと同じ制服を着ている。
 見慣れないその制服姿をまじまじと見つめ、感じた違和感の正体を確信した。違うと思ったのは、これだったのだ。見慣れない制服を着ているというただそれだけの事が、どうしてだか彼との距離を遠いものに感じさせた。
 背後に見える二人は、きっと高校でのトムの友人なのだろう。当然だけれど、知らない顔だ。
 知らない制服。
 知らない彼の友人達。
 胸の辺りがぐっと苦しくなった。どうしてだろうと理由を考えてみるが、良くはわからなかった。ただ少し息が苦しくて、あんなに話したいと思っていた彼が目の前にいるというのに上手く言葉が出て来ない。
「勉強、頑張ってっか?」
 躊躇いながら、こくりと頷く。
 その返事に、よしよしと頷きながらトムが笑った。
「そっか、頑張れよ。待ってっからな」
 待ってる。
 再びその言葉を口にした彼に、静雄は目を見開いた。
 どんなに頑張って彼と同じ高校へ入ったとしても、自分がこの制服を着れるのは二年後の事だ。
 そして一年間を彼と共に過ごせても、またトムは静雄を残して卒業してしまう。二年間頑張って、一緒にいられるのはたったの一年なのだ。
 そしてまた、その時にも同じ事を言われるのだろうか。
 同じ大学に来いよと。
 そう言って誘われ、また二年間頑張って、自分は彼を追いかけるのだろうか。髪を染めた方が良いと言われて素直にそうしたように、彼の言葉を信じてずっとずっと。二年の空白を挟みながら、彼に縋るように追いかけ続けるのだろうか。この先、ずっと。