食卓の幽霊たち
よく砥がれた包丁が軽快にねぎを刻む音が、台所から響いてくる。母親不在の稲羽暮らしで身についたという料理がすっかり趣味になったこいつは、ねぎを切るときうっかり手が滑ったら指の肉をそぎ落としそうなほど切れる包丁で、使うときに使うぶんを少しだけ刻んだ。まとめて切って冷凍しとけばいいじゃんと言うと、首を振る。冷凍ねぎは邪道なんだそうだ。だからこいつの切るねぎは、いつも切りたての瑞々しい切り口をさらしている。
ゴールデンタイムをとっくに過ぎたテレビは、たいして面白くもないぐだぐだ番組ばっかりだった。しょうがないからチャンネルをニュースに切り替える。ちょうど主要ニュースが終わり、東京二十三区の天気予報が流れるところだった。晴れ、晴れ、雨、曇り、曇りのち雨、晴れ時々曇り。一度口の中で呟くと、週間天気はするっと頭の中へ入ってくる。明日の天気を胃が痛くなるほど真剣に見ていた時期があるからだ。テレビの中へ落とされた人たちは雨が続いた後の霧の日を境に死んでしまうから、天気予報のチェックは欠かせなかった。
「なあ、ちょっと来て。皿持ってって、そっちでラップかけといて」
「お、了解」
膝を抱えて天気予報に見入っていた俺は、呼ばれて立ち上がる。運んだ皿をテーブルに端から並べていく。
メニューはずいぶん不可思議な感じだった。かぶと豚肉のクリーム煮、大根サラダ、そうめんときて、なぜか殻を剥かれたゆで卵がなんの調理をされるでもなく、小皿にふたつごろんと転がしてある。まるで脈絡がない。
「これ、何系の飯なんだよ?」
そう聞いたら、なんだと思う、と逆に聞き返された。もちろん全然わからなかった。