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食卓の幽霊たち

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月森と次に会ったのは、駅のホームで偶然出くわした同じ年の夏頃だ。夏休みに実家に顔を出すなら、自分も行きたいから時期を合わせないかと提案されて、一も二もなく乗った。前に会ったときから半年は経っていた。そのうちまた飲みに行こうぜとか言っておきながら俺は、なぜか自分からはろくにメールも打っていなかった。

地元に残ってる里中、天城、完二組に加えて、実家のほうに帰ってた直斗や、アイドル復帰して東京に出て来てたりせにまで連絡を入れてるのが、こいつの抜かりないところだ。いつもならそういうポジションをかって出てるはずの俺は、すっかり呆けて前日までバイトに明け暮れてた。貯金残高ばかりがむだに増え、気がついたら段取りが全部整ってて、あとはボストンバッグに荷物を詰めるだけ、というありさまだった。

面白いことに、一年ちょっとこの街を空けただけで、街の人たちは俺のことなんかちっとも振り返らなくなってた。地元を離れた「ジュネス店長の息子」の顔なんか、誰もいちいち覚えてやしなかったのだ。うって変わっていまだ大人気のこいつは、商店街を歩いても、趣味の川釣りに勤しむべく釣竿持って河川敷に繰り出しても、どっかしらでつかまって声をかけられた。近所のオバちゃんから差し入れされたでっかい実の詰まってそうなスイカを抱えて、「人徳」とか涼しい顔で笑ってた。

その後、俺たちが滞在してた一週間のあいだに、さすがに無理だろうと思ってたりせが無理やり一日だけ休みをもぎとってやって来た。テレビの中へ帰ってたクマがいそいそと顔を出せば、もう向かうところはいつものフードコードしかない。散々騒ぎ倒して、客入りがピークの時期だろうにちゃんとキープしてあった天城んちの旅館にも泊まった。本当にあっという間のとんぼ帰りだった気がする。

例の彼女との別れ話しを聞いたのは、その帰り道のことだ。都内線へと乗り入れる電車が来る乗換え駅のホームで、二十分近く間隔が空く次の電車を待っていた俺たちは、日差しの照りつけるベンチに座って、ろくに会話もなくペットボトルのお茶ばっかり飲んでいた。じっとしていても汗が噴き出すほど暑い日だった。都会とは比べ物にならない数の蝉の鳴き声が、うるさいのを越えて頭の中でわんわんこだましていた。俺は疲労と寝不足でぼうっとしていて、暑さに魂を吸い取られるような心地だった。

「夏休み、彼女とどっか行った?」
 惰性でなんとなく口を動かすと、さらりと切り返された。
「ああ、最近ふられた」
「え、あ、マジで! うわ、知らなかった、ごめん」

元気出せよとかなんとか月並みな言葉を口にしてみたものの、俺は内心焦った。まさかこいつがふられる側に回るとは。前にちらっと話しを聞いただけでも、相手がかなりこいつにベタ惚れなのは明白だったのに。しかも聞いてみれば、一年間アメリカへ語学留学すると言い出した彼女を空港まで見送りに行き、その空港で「帰ってきたらもう付き合わない」なんて言われたという、とんだ結末じゃないか。それもたった二週間前の話し。声はそこまでどん底って雰囲気でもなかったけど明らかに地雷な話題で、聞いてるこっちがひやひやした。そうこうするうちにようやく電車がやってきて、話しを切った俺たちは焼けたベンチから立ち上がる。

言葉少なに電車を乗り継ぎ新宿駅で別れ、家に着いた翌日の昼頃に「お前のデジカメ、間違えて持って帰っちゃったんだけど」と、電話があった。俺が旅館の部屋を出るとき置き忘れてったカメラを気づいて保管してくれてたのはいいのだが、うっかり自分の荷物に入れっぱなして、肝心の俺に返すのを忘れていたらしい。
送ろうかと聞かれ、ちょっと迷って、今日家にいるなら取りに行くよと答えた。わざわざ送ってもらうのも悪いかなと思ったし、ちょうどバイトも休みだった。駅からの道順を聞くと、けっこう距離があるから迎えに出ると言う。男にも女にも平等に過保護な奴なのだ。いまさらのように、引越し後の新居とやらにまだ一回も足を踏み入れてなかったことを思い出した。

最寄駅で拾ってもらったあと案内された家は、学生にしちゃあいい部屋だった。狭いながらもダイニングがついてるし、風呂とトイレも別だ。メインの洋間は堂島さんちにあったこいつの部屋の印象とそう変わらなかった。ほどほどに綺麗でほどほどに適当。昔作ったプラモや、どっかで拾ったとかいう怪しい置物をそのまま持ってきて置いてたりもするけど、目立って物が増えてる様子はなかった。
そんな中で、部屋の一角にふと目を吸い寄せられた。例のプラモやら変な置物やらが置いてあるスチールラックの一番下段の隅のほうに、なぜか白いパンプスが一足ひっそりと並んでいたのだ。俺の視線に気づいたのか、月森は苦笑した。

「ああ、それは貰い物。餞別だってさ」
その声音で、ああ、例の彼女か、とぴんときた。
「女物の靴を? なんだよ、履いてくれっての?」
「んー……、それがさ。こう言われたんだ。一週間靴をそばに置いて、私の靴のことを考えなさい。その後はもう、捨てても人にやってもいい、って。飛行機の搭乗ゲートで箱にも入ってない靴をぽんて渡されて、面食らったなぁ」
「おいおい、なんかちょっとコエーな、その話し」
わざと明るく笑い飛ばそうとした俺は、こいつが一方的にふられたにしては、どうも変な感じだなと思ってた。そりゃあ、付き合ったり別れたりなんだり色々あったんだろうけど、それにしてもなんか引っかかる感じがする。
「うん。でも最後に頼まれたからやっぱりそうするべきなんだろうと思って、一週間、家にいるときは靴をそばに置いて生活したよ。さすがにサイズが合わないから履きやしないけど、飯を食うときはテーブルの上に乗せて、風呂に入るときは脱衣所で、寝るときは枕元で」
「ひええ、マジで?」
俺はこいつの律儀さになかば感心してなかば呆れ、ちょっと戦慄した。
「で、それで?」
「それでもなにも、それでおしまいだけど。彼女はそのまま飛行機に乗っていって、それきり音沙汰がないよ。靴はどうしようかなと思って、まだそのまま置いてある」
「へえ……」
「なんか飲む? ウーロンでいい?」
部屋の入り口に立ちっぱなしでパンプスに釘付けになっている間に、テーブルにはグラスが二つ並べられていた。我に返った俺はあわてて答える。
「あ、うん。もらうわ。サンキュ」
一人暮らしにしては大きめの、食材がやたらに充実してそうな冷蔵庫を開けた月森は、あれ、と声を上げた。
「ごめん。お茶、昨日飲みきったんだったの忘れてた。コンビニそこだから、ちょっと行ってくる」
「ああ、別にいいよ。水でもなんでも」
「うん、でも、ほんと近いからすぐ行って来られるし。俺もぬるい水道水よりは冷えてる物が飲みたい。あ、エアコンのリモコンはテレビ台の上だから。寒かったら調整して。家捜ししてもいいけど、出したもんはちゃんと元の場所にしまっとけよ」
いたずら盛りの子供に言いふくめるような言葉を残して、あいつはとっとと出ていってしまった。確かに格好のチャンスだったのに家捜しする気分にどうもならない俺は、とりあえず座り込んで落ち着かなく部屋の中を見渡していた。
作品名:食卓の幽霊たち 作家名:haru