【ヘタリア】兄さんが消えない理由 マリエンブルク城篇2-2
フェリクスがいい香りのお茶を運んできた。
「まず、飲むし!」
「ああ、ありがとう。いただくぜ。」
ギルベルトは弟につかまれてないほうの手でカップを持つ。
「ルートヴィッヒ・・・飲めよ・・・・。」
ギルベルトは優しく弟に言う。
ルートヴィッヒは動かない。
「しかたねえなあ。」
ギルベルトは苦笑しながらカップを弟の口に近付けてやる。
放心状態のルートヴィッヒは、それが何かもわかっていないだろうが、お茶を飲んでいる。
心はどこかへ行ってしまったようだ。
暗い、暗闇の中、奈落の奥へと意識が飛んでしまっていた。
心に受けたショックは、ルートヴィッヒを心の奥底へと引きずりこんでいた。
受け止められない衝撃は、ルートヴィッヒの体と心の機能を奪っていた。
意識の奥底の中でルートヴィッヒは漂う。
しかし、現実の世界で、ルートヴィッヒの涙は止まっていなかった。
ルートヴィッヒは夢を見ていた。
自分が幼いころの・・・・。
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幼いころ、闇が怖かった。
一人で寝かされた大きなベッドの上で、明りの消された暗い部屋で、ずっとずっと震えていた。
窓の外には月もなく、真っ暗な空に、黒い雲が動いていた。
お前は「国」になるのだからと、それまで寝ていた、兄さんと一緒のベッドから連れていかれた。
冷たいシーツは誰の体温も感じなくて、さみしさに泣きそうになった。
声をあげそうになった時、ふと、歌が聞こえた。
小さな声で、繰り返し、繰り返し。
どこで歌っているのか、低く優しく、何度も繰り返されるその歌が、俺を眠りにつかせてくれた。
ああ、兄さん・・・・・。
あれはあなたが歌っていたのか?
懐かしいあの子守唄を、今、俺は聞きたいんだ・・・・・・。
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泣きつかれたルートヴィッヒはまるでここに意識がないようだった。
放心状態で、自分がどこにいるのかすらよくわかっていないようだ。
フェリクスとトーリスは、お茶を淹れてくれたあと、まず休めと言って、部屋から出て行った。
(ソヴィエト時代もそうだったが、あいつらは良い奴だ。)
ギルベルトはしみじみと思う。
(今回、仕事で来たっていうのに、いきなり兄弟けんかだしな・・・。)
ドイツ騎士団時代にさんざん戦った相手だが、共産圏というかさの中で一緒に過ごしてみれば、フェリクスとトーリスは、いつでも助けてくれる力強い仲間だった。
何も聞かずに、休めと言ってくれる二人の優しさ。
「ありがたいよな・・。・・・・なあ・・・・ヴェスト・・・・。」
部屋のベッドの上に座り込んで、泣きはらした目をして茫然としている弟の姿は痛ましかった。
ギルベルトはため息をつく。
「ごめんな・・・ヴェスト・・・・・。いきなり・・・。驚くよな・・・・・。
こんな事・・・突然、言うことじゃないよな・・・・。」
お湯で濡らしたタオルでルートヴィッヒの顔を拭いてやる。
ルートヴィッヒはされるがままになっている。
「俺はな・・・焦ってたんだ・・・。このままお前に、何も言わずに逝っちまうんじゃねえかってな。」
「今の俺は、昨日やった事を思い出せねえんだよ・・・・。今日お前に言ったことだって、きっと明日には忘れちまう・・・・・・・。」
ルートヴィッヒはぼんやりとギルベルトを見上げる。
「それに・・・卑怯だけどよ・・・・誰かががいれば・・・・「国」である誰かのところで
言えば、お前と俺がこうなるのを止めてくれるんじゃないかってよ・・・・。俺も甘えてるよな・・なまったもんだ・・・情けねえ。」
「ごめんな・・・・。俺の一方的な思いだけ言ったって、お前には迷惑だよな・・・。」
ルートヴィッヒが、ギルベルトに両手を差し伸べる。
「なんだよ。まるで子供みたいだな・・・。」
それでもギルベルトはルートヴィッヒの前に膝をつくと、弟を両腕で抱きしめてやる。
「もっと・・前から・・・・。お前と話しあっていればよかったな・・。」
ルートヴィッヒはギルベルトの肩に頭をのせる。
「可愛いヴェスト・・・・・・昔から・・・・お前は聞きわけのいい子だった・・・・。
たまにとんでもなく頑固にはなるけどな。俺もそうだが、ゲルマンの男はみんなそうだな・・・・こうと決めたら、絶対にゆずらねえ。」
ギルベルトは、ルートヴィッヒの頭をそっとなでる。
「俺はまだ・・・お前に必要なのか・・・・?俺がいることはお前にとって本当にいいことなのか・・・?」
無反応の弟に、ギルベルトはため息をつく。
「お前いつも、「だいたい一人で何でも出来る」って、自分で言ってるじゃねえか・・・・・。
俺には、何もしなくていいぞって・・・・。」
「いままでな・・・・俺は何度も「国」が消えるのを見てきた・・・・・。
納得して消えた奴・・・・。無念の思いを残していった奴・・・。
なあ・・・・俺は、安心して全部お前にまかせていける・・・・。
なんも未練はねえんだ・・・・・。」
「・・・・・に・・・・い・さん・・・・。」
ルートヴィッヒがようやく反応した。
「なんだ?ヴェスト・・・。」
「・・にい・・・さん・・・・・・・・・・って・・・・・。」
ルートヴィッヒが何かつぶやく。
「え?・・・なんだ・・・・?なんて言った?」
「・・・・・って・・・。うたって・・・・・・。」
「うたう・・?」
「・・・・・きき・・・たい・・・。」
「何を歌えばいいんだ?ヴェスト?」
きゅっとしがみつく弟。
ルートヴィッヒの意識はどうやら、子供に戻ってしまっているようだ。
「俺は、お前に無理させて、図体だけは大きくしちまったのかな・・・・。
たまにお前はすごく甘えたがりになるよな・・・・。」
「うた・・・。」
「歌か・・・・・。俺の歌がひどいの、知ってんだろうに・・・。」
「・・うたって・・。」
「ああ。わかった・・・・・。」
ルートヴィッヒの隣に腰かけると、ギルベルトは低い声で歌いだした。
Weisst du ,wieviel Stemlein (星がいくつあるか、知っている?)
Stehen an dem blauen Himmels zelt ? (蒼い空の上に)
ルートヴィッヒは、深い意識の底を漂っていた。
「国」である意識と、「人」としての自分の意識がかみ合わない時、彼ら「国」は
眠りについて、自分を守ろうとする。
自己防衛のための眠りだが、ルートヴィッヒの意識は眠らなかった。
なにか気になる事があって、眠らない。
それを見届けるまで、寝てはいけない。
無意識に兄に手を差し伸べた。
まるで幼児に戻ったかのようなルートヴィッヒ。
今は本能だけで動いていた。
歌声が聞こえる。
もうろうとする意識の奥底で、ルートヴィッヒは、思い出した。
(小さいころによく兄さんが歌ってくれた子守唄・・・・・・。
作品名:【ヘタリア】兄さんが消えない理由 マリエンブルク城篇2-2 作家名:まこ