微妙な告白
「だからこれはいい感じだ、とんとん拍子にいけるなって思ったんだけど。でも君はいきなりシズちゃんがどうとか非日常的な空想とか関係ないこと言い出すんだもん。なんかもう全然そんな空気じゃなくなっちゃったじゃないか、どうしてくれんの」
「どうしてくれんのって、こっちの台詞ですよ。どうしてくれんですか僕もうこのケーキ味しないんですけど」
「だからケーキとかどうでもいいだろ! そんなの話の大筋と関係ないただの口実で小道具じゃん!」
もうやだなにこれ、もっと格好よく決めたかったのに! 勢いそのまんまムードで流して僕も臨也さん好きですって言わせるくらいの展開に持ち込むつもりだったのに!!
完全に逆ギレする大人を目の前にして、少年の方は徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。相手が自分よりパニックに陥っているとひとは冷静になれるものだ。とりあえず自分は今目の前の人から告白されている、これは間違いない。どう考えてもそれらしい台詞でも雰囲気でもないが、間違いない。
だってよく見ればいつも人を喰ったような、余裕の表情ばかりしている臨也にしては信じられないくらいの取り乱しようだし、わずかに頬も色づいているような気がする。まさかこれはワインのせいではあるまい。それにさっきからやたらと喋っているのも、まあ口数が多いのはいつものことだが、照れているからだと見えないこともない。どうりでなんか話の展開が急だし、支離滅裂な感じだと思った、と内心頷いてしまう。普段の臨也なら、人になにか説明するときはもっと立て板に水のごとく滑らかに、順序立てて分かりやすく言えるはずである。それがこんな風に訳のわからない遠回しな発言の果てに爆弾のごとく本題を落としたりするという不安定さは。
(この人なりにドキドキしてたんだろうなあ…)
照れとか緊張とか焦りとか、よく分からないがとにかくそういう感情があったんだろう。それに、聞けばここ一週間悩んで(?)いたらしい。葛藤の末告白しようとしたところ、なかなか本題に入れなくて焦れて爆発したのかもしれない。ほとんど自爆に近いが。とにかく好きだってことが言いたかったんだろうな、と考えをまとめる。
「あの、臨也さん落ち着いて下さい」
「俺は落ち着いてるよ。心中穏やかじゃないのは君の方じゃないの。いきなり男から好きとか言われて怖くない?君は今自分をどういう目で見てる相手の前にいるのか分かってるのかな」
「あの……、ええと、そういう挑発とかいいんで…落ち着いて下さい」
「落ち着いてるって言ってるだろ!」
どう見ても通常運転ではないのに言い張られ、帝人もかちんとくる。
「じゃあ言いますけどね!初恋なんでしょ!?それで格好よく決めようとかムード作って流そうとか絶対無理ですから!!」
相手が僕でもそうじゃなくても、ぜったいに無理です!!そんなハイレベルなことが恋愛初心者にできるわけがない!!
と、きっぱりそれはないだろうと思ったところを指摘する。
好きな相手から無理、と言われて一瞬愕然とした表情を見せた臨也だが、すぐにそんなことないと言い始めた。
「そんなことない、自分で言うのもなんだけど俺口八丁だからさ。俺がこれまでどれだけ舌先三寸で渡って来たか、その辣腕振りを知ったら君なんか絶対惚れちゃうよ?」
「そんなことで人は人に惚れません。辣腕とか敏腕とか関係ないです」
「そう、関係ないよね。っていうか、だから話の本筋とあんまり関係ない所につっこむのやめてくれよ!」
じゃあどこにつっこめばいいんだ、むしろどこからつっこんだらいいのか。いや、そもそもこれってボケとかそういうものじゃないよね?
落ち着いたと思っていたが、帝人もやはり混乱から脱出できていないらしい。
「だから、俺は君が好きだって言ってるんだよ! 他はどうでもいいから、それに対して返事してよ!」
「あっ、そうか」
あんまり告白らしからぬ感じだったので、返事をしなくてはなどという考えに至らなかった。
そしていざはっきり問われると頭が真っ白になった。帝人だって恋愛経験なんかほとんどないに等しい。誰かに告白されたのだってこれが人生で初めてだ。なに、こういう場合なんて言ったらいいんだろう。急に心臓の動きが速くなる。
(いや、おかしいよこれ、なんでこんなにどきどきしてるんだろう、僕)
だって好きって言われても、臨也は男で、帝人の嗜好はノーマルで。だから答えはお断りのはずなのだ。
「あああ、やっぱり待って、駄目、俺振られるとか耐えられないから…!」
「待って、僕も待って下さい…、ちょっとなんて言ったらいいか…」
戸惑う帝人に、臨也は胡乱な視線を向ける。
「なにそれ、俺はなんで待たされるの?いや、最終的につきあってくれるって言うならいくらでも待つけどさ……傷つけないような断り文句がすぐには浮かばないから待てとか言ってるならごめんだよ」
「それなら僕だって待てませんよ!こんな案件、未解決のまま抱えて家帰ってぐるぐる悩むなんてごめんですからね!」
「じゃあ俺とつきあって。お互い納得できる答えはそれしかないよね、つきあってよ」
「なんでそうなるんですか!横柄すぎます!」
なんでそうなるって、だから言ってるじゃないか。ささやくような声が空気を伝わる。それがあんまり切なげに聞こえて、思わず帝人は臨也の顔をまともに見た。
見て、後悔した。わずかに顰められた眉の下、紅玉の瞳に宿るゆらめきが、先刻見た炎を思わせる。ああ、自分はこの人から差し出された火を飲みこんでしまったのだ。息苦しい程に胸が熱くなった。本当に惚れ薬とやらを盛られていた方がまだましだったのではないだろうか。そうであれば、己の中に生じたこの熱を薬のせいだと言い訳ができたのに。
たった一人の人間に恋をしたためにアイデンティティーが崩壊したなんて、おかしな理論を持ち出す男から、もう視線をそらせない。次に彼の口から出る言葉が、きっと自分にとってチョコレートよりも甘く響くだろうという予感がする。己の世界さえ崩壊しそうな目眩にも似た感覚の中、帝人はその言葉を聞いた。
「君が好きだ」