銀沖ログ詰め合わせ
「旦那?」
隣に居た筈の体温が急に失せてヒヤリと肩を冷やす。熱気で満ち溢れている筈の空間の中、ぽつんと一人佇んでいる様は実に滑稽だ。
今更の様に慌ててきょろ、と辺りを見渡してもそれらしい人物は見当たらない。一体何時の間に、という感情よりも、失くしてしまった温度を取り返さねばという妙な焦燥に駆られて、沖田は途方に暮れた。
「旦那、」
思わず、といった風に己の口から飛び出た言の葉は、予想外に掠れて弱々しいものだった。沖田は自身の声音に少なからず驚き、そして次の瞬間には忌々しいと言わんばかりに盛大に舌打ちした。
何処か腑に落ちないながらも、そうする事で多少は正常な思考が戻ってくる。靄がかった様な感情を胸の奥に押し込めて、沖田は一先ず現状を把握し打破する為に急速に頭を回転させた。そうして導き出した答えは一つ。
―――あの男が自分を置いて帰宅したとは考え難い。
そう判断した沖田は少しの間思考を巡らせ、それから意識してゆっくりと歩き出した。
さして苦も無くソレを見付けだせたのは、沖田の見事な観察眼と推理力が功を成した訳でもなく、単純に目的物が自ら名乗り出たお陰だった。
「ごめん、ごめん沖田くん。ちょっとコイツに呼ばれちゃってさ」
「コイツってリンゴ飴じゃねーですか」
「うん、そう。もう熱視線で買えって訴えてきてさァ」
コトリと可愛らしく首を傾げてこちらを見る目的物、――銀時に、沖田は殺気に満ちた視線を投げかける。
「沖田くん、コレ買って」
それを意にも解さないのは流石だと言うべきだろうか。やんわりと笑んだその顔に弱いのを知っていて、平気でそれをやってのける銀時は本当に卑怯だと歯噛みする。
彼は自分が断らないのを微塵も疑っていない。寧ろ買ってくれるものだと信じ切っている。
沖田は声を大にしてふざけるなと叫びたかった。言ってやりたいのに喉に異物が入ったかの様につっかえて、今までも、今ですら言えた試しがない。その手に握られた赤い物体に苦々しい感情を覚えるのを知っていて、それでも彼の思惑通りに動いてしまう。
解かっていても、断る術を沖田は知らない。
冷えた半身にやっとぬくもりが戻ってきたというのに、今は有難いとは思わなかった。寧ろ芯が冷え切った感覚さえする。
小さく溜息を吐いた沖田に重なる様に、ふいに陰った頭上を訝しく思えば、銀時が何かを思案するようにじぃとこちらを見詰めていた。
「…?旦、」
続く言葉の発言権は与えられなかった。代わりに濃くなった影がゆっくりと遠ざかって行く。
「おすそわけ」
緩く笑んだ顔を目の当たりにして、柔らかく温度を持った部分が急速に熱を帯びる。
居た堪れなさを隠す様に、沖田は先を行く銀時を追いかけた。既にもう冷え切った芯は気にはならなかった。