銀沖ログ詰め合わせ
微かに砂埃が舞う道端に、真っ赤に焼けた影が二つ。
くっきりと、でもどこかぼんやりとした輪郭のそれを睨みながら、沖田は湧き上がる感情そのままに口を開いた。
「もう、帰るんですかィ?」
寂しさを滲ませた音は、果たして男に届いただろうか。
逆光の位置に居る彼の顔は、残念ながら拝む事が出来ない。
それでも僅かに上がった口角だけは、確りと目に入った。
「おー。もう今日はこれでバイバイ。付き合ってくれて、ありがとね」
「でも旦那、」
「屯所。今日、誕生パーティするんだろ?じゃあもう帰んねーと、ヤバイんじゃない?」
「そう、ですけど」
「じゃあホラ、行った行った。オメーの為に、連中、朝から準備して待ってんだろ?主役が居なくてどうすんだ」
「…そんなんなら、せめて昨日の夜からのデートプランをたてて欲しかったんですがね」
ふてくされて悔し紛れに呟いた言葉に、目の前の男は暫し瞠目し、それから小さく笑った。
それは仕方が無いなと言いたげな、とてもやわらかな笑みだ。
久々にその顔を見る、とぼんやり思う。
―――この男の、こんな表情が、すごく好きだ。
「悪ィな。残念ながら昨日の夜は、家族行事に勤しんでたもんで、デートどころじゃなかったんだよ」
「七夕なんて可愛らしいモン、旦那が率先してやるとは予想外でしたよ」
「俺だって一人だったら、ンなもんやらねーよ。アイツ等がやるっつって聞かないもんだから、お父さんそりゃもう頑張ったのよ?偶にはサービスしないと家庭崩壊の危機じゃない。だからそりゃー朝から晩まで付きっ切りで我侭聞いてあげたのよ?」
「へー…」
「何、その白い目。ほんとだって。マジあいつ等煩くってさ。仕方なーく付き合ってやったのよ?だって銀さん、大人だから!」
「…旦那。口元、緩んでますぜ」
「え、」
「分かりやした。そういう事にしときまさァ」
「ちょ、違、沖田く、」
「旦那、今日はわざわざ俺の為に、どうも有難う御座いやした」
僅かに頭を下げて、うろたえている男を見る。
良い気分だ。
少し鼻で哂う。
けれど、これ以上は突っ込まない。
流石にそこまで、自分は無神経な人間では無い。
「誕生日、祝ってくれて、嬉しかったでさァ。欲を云やぁ、出来れば夜までお付き合い頂きたいところですけどねィ」
にやり、笑って言えば、バツが悪そうに彼は頭を掻いた。
ある特有の現象が起きた時の、一種のクセだ。
笑みが益々深くなる。
「莫迦言ってんじゃねぇよ。ああもう日ィ暮れてんじゃねーか。とっとと帰れ」
「へえ、そうしやす。全く人気者はつれぇや」
じゃり、と土を踏んで踵を返す。
まだ男と居たかったというのが本音だが、偶には彼の言い分を聞いてやるのも悪くない。
彼等の様に、家族という様な生温い関係では無いけれど、それでもそれに値する位の絆はあると思っている。
そして彼は言外に、それを大事にしろと言っている。
生憎まだ若い自分には、それは少し、ほんの少し解りかねるものだった。
けれど、彼が言うのなら、それは間違いは無いのだろう。
「あ、沖田君」
ふいに呼び止められて、顔だけ男の方へと向ける。
少し翳った顔は、それでも容易に微笑っているのだと知れた。
「誕生日、おめっとさん」
心地好く響く音に、自然と頬が緩む。
すぅと息を吸って、心持ち、先程より身体をそちらに向けた。
「有難う、御座いやす」
微笑って返した応えは、ゆるやかに流れた風に溶けてしまった。
心地好い温度に包まれながら、ゆったりと足を運ぶ。
実に良い気分だと、沖田は顔を伏せてひっそりと笑った。