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可惜シ華

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 その日の夜半にも、大谷は自分に宛がわれた居室にて考えつく限りの策を練っては熟考することを繰り返していた。なにせ太閤の弔いの準備から徳川の勢力を潰すことまで、好きに動けと言われた以上やるべきことは尽きない。
 だが居室の外にふと人の気配を感じ、大谷は意識を外へ向けた。大谷の軍略を認める者は多くいるもののやはり、患っている病や忌むべき外見、そして他者を嬲るような言動に、大谷を避ける者もまた圧倒的に多い。
 その自分への来訪に、珍しい、と思いながら声をあげた。
「どうした。何ぞ起こったか」
 は、と一兵卒のものらしき控える声が返る。恐れながら、と前置きし、大谷の元を訪ねた兵はこう告げた。
「三成様が、―――東の、例の一室へ向かわれました……常ならぬ様子にて、まずは刑部殿へご連絡をと」
 大谷は聞いた途端にただちに輿へ乗った。そして声もかけずに回廊へと出る。いきなり大谷と出くわした形になった兵は、やはり大谷の姿に畏怖と隠しきれない嫌悪を浮かべてかすかに喉を鳴らした。その様子をくつりと哂いながら見てとった大谷は、「なァ、」と声をかけながらその兵へと近寄る。思わずといった様子でのけ反った兵へと低い声音で問う。
「そのこと、他の者に告げたか」
「い、いえ。お見かけした後すぐにこちらへ―――」
「よい、ヨイ。ならばそのままぬしは戻れ……決して総大将の様子常ならずなどと吹聴するでないぞ。もしもそのような噂がのぼったならば―――なァ、……わかるな?」
 口を開けてヒヒヒと哂えば、兵は青白い顔で忙しなく頷いた。


 大谷が辿り着いた先の居室には、確かに人の気配があった。その一室――あの男にかつて与えられていた場所のうちのひとつだ。こんな場所へ籠って三成は一体何をしようというのか。まさか腹いせに部屋を破壊する気ではあるまいなと、子供の癇癪のような事態を考えながら、大谷は声をかけた。
「三成よ、一体どうした。なぜこんな所へ来やる」
 問いかけに対して返答はなく、中の気配はぴくりとも動きを見せない。怪訝に思った大谷は、無断で居室の戸を開けた。
 そして眼にした男の様子に息を呑んだ。

「……刑部か」
 何ひとつとして残っていない空の居室のただ中で立ち尽くしていた男は、常の鋭さを失くした茫々たる眼を大谷へ向けた。戦装束のまま、何をするでもなく茫然と室内に佇む三成の顔は、つい数刻前に兵たちを鼓舞した時とはかけ離れ、また放心状態へと立ち返っていた。
 そして、問うた。
「刑部。……家康は、どこだ?」
 大谷は一瞬だけ目蓋を閉じた。その声は、まるでつい最近まで――覇王が在った頃に、あの男へと向けていた声音だった。憎悪など存在しない、澄んだ音であの男の名を呼んでいる。
「ここにはおらぬ」
 大谷は低く鬱々とした声で事実だけを告げる。それを聞いて、三成は何かを探すように視線を宙へ彷徨わせた。そうしてぽつりと問う。
「……秀吉様は、いずこにおられる」
 軽い混乱状態だ。見た瞬間にそうと悟っていた大谷は、同じ言葉を返す。
「ここにはおらぬ」
 告げられた答えの意味がわからないと言いたげに、三成は大谷を見つめ返す。
 大谷が輿を慎重に動かし、そっと三成の傍へと近寄ると、三成はどこかいとけない眼をしたまま、もう一度「家康は、」と言った。

 ―――玻璃のようよな、ぬしの姿は。

 大谷は、つと手を伸ばした。
「やれ、ぬしがソレを忘れられるはずもなかろうに。今も此処には変わらぬ憎悪の灯が宿っておるわ……」
 そして三成の眼のきわを親指でつうとなぞる。雨の中、初めて確かに魅入られた時と同じようにして。
「……そのような声であやつを呼ぶでない」
 もういない男だ。その声で名を呼ばれるには値しない。大谷は理由もわからぬ苛立ちと憐憫を抱えてもう一度ゆるりと眼元を擦る。
「太閤に申し開きが立つまいぞ……」
 一度、二度。指を動かすにつれて、瞳に灯った焔が揺らめく。
 そして唐突にその手を払いのけるようにして掴まれる。その先にある眼の斬り裂くような鋭さに、正気へ返ったかと安堵の息を吐きかけた途端、大谷は掴まれた手を引かれて輿から床へ引きずり降ろされた。

作品名:可惜シ華 作家名:karo